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第2話
「市井、そろそろ決心したか?」
経営するフロント企業の一つに出勤すると、イタリア製の高級スーツに身を包んだスキンヘッドのいかつい男が社長室の椅子に座っていた。
山本組の若頭補佐の池田だ。山本組のナンバー3で、武闘派として恐れられている。
山本組は、各都道府県に系列組織を置く、日本最大規模の指定暴力団であり、市井の所属する高田組はその孫の孫のそのまた孫組織にあたる。
要するに、高田組にとって山本組は、普段接することのない遥か彼方上の組織だった。
「池田さん、有難い申し出ですが、そのお話はお断りしたはずです。うちの組長を支えろという先代の遺言があるので」
「あのボンクラに、お前は勿体ない」
池田は、蛇のような目を眇め、子供のように体を揺らしてギシギシと椅子を鳴らした。
直接口を利くことすら許されない雲の上の人物だが、度々、市井の元にやってくる。
「先代も、凡庸なヤツだったな。正妻の子より愛人の子のお前を組長にした方が、栄えるのになぁ?」
「私は、そんな器ではありません。今の立場で十分満足しています。組長を支え、高田組のシノギを増やし、山本組にも貢献する所存です」
池田は、市井を自分の側近に引き抜こうとしていた。
しかし、市井にはその気は全くなかった。
取り付く島のない言葉に、ふぅっと、大きく息を吐くと、椅子から立ち上がり、市井の元に近づいた。
耳元に口を寄せて、囁くように呟く。
「頭の回転、度胸、冷酷さ、そして、その美貌。俺が山本組を手に入れるためには、お前が必要だ。お前にとっても、山本組にくるのは悪い話じゃない。そもそも、ここにお前の居場所はあるのか?」
そのまま、唇が重なりそうになった瞬間、パスコーンと池田の脳天を何かが直撃した。
「なんじゃ、こりゃっ!」
コロコロと水色のゴムボールが床を転がる。
池田は頭を抑えながら、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「裏が公園なので、時々ボールが入ってくるのです。お怪我はありませんか?」
コントのような光景に、笑い出したいのを必死で堪え、顔を顰めて心配顔を作る。
お留守番だと言っていたのに、いつの間にかピンポン玉サイズに縮んでポケットに入り込んでいた。
ゴム素材だし、怪我はないだろう。
「……大丈夫だ。窓ぐらい、閉めておけっ くそったれっ!」
池田は、腹立ちまぎれにボールを窓の外に放り投げた。
「池田さんを、表までお見送りしろ」
舎弟に命じると、市井はさっきまで池田がいた社長椅子に腰を掛けた。
ボールのとんでもない行動のおかげで、今日は、なんとか切り抜けた。
だが、池田は諦めないだろう。
ボールは、いつの間にか部屋に戻ってきて、「あいつは俺がやっつけたったゼ!」と、ドヤ顔で机の上によじ登ると、市井の唇にニョキニョキと触手を伸ばしてきた。
ゴムボールから伸びているはずのそれは、ゴム臭さや無機質な感触は全くなく、表面がしっとりと濡れていて温かい。
まるで人間の舌。
それが、人間の舌では到底できない動きで、口腔を激しく犯す。
「……んんっ…っ……」
巧みな舌技に市井のペニスが立ち上がってくる。
このままでは、最後までやられる。
「…んっ……んっ……、こんなところでヤメロッ」
理性を総動員して、やっとの思いで引き剥がすと、ドアの外に放り投げた。
頼むから、戻ってこないで欲しい。
この自分が、ボールごときに体を暴かれ、しかも喘がされているなんて、誰にも知られたくない。
「ええっ、ボールにチュウしてた?? ひぇーーーーっ!」
ちょうど植木に水をやるためにバルコニーにいたマサからは、もちろん触手は見えず、ゴムボール相手に濃厚なキスをする市井の不可解な行動にブルブルと身を震わせた。
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