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第3話

 市井は、自身が経営する会社で、新しい事業についての会議をしていた。  昨日とは違う会社。  市井は、複数の会社を経営し、その売上をシノギとして組に計上していた。  昔ながらのやり方では、金は集まらない。  経営しているどの会社も軌道に乗り、順調だった。  大学で得た人脈と、法律の知識を最大限に活用しながら、違法スレスレのビジネスを作り上げていた。  弱者も躊躇なく食い物にする。  この世界に入ったときに、良心、そして大事にしていた思い出は捨てた。  ――ヤクザには絶対にならないって、あんなに誓ったのに……。約束を破るなんて最低だっ!  かつての幼馴染みの最後の言葉が、抜けない棘となってジクジクと胸の奥が疼く。  後悔なんてしていない。  もう失くして困るものは何も無い。  市井の沈んだ気持ちを察知したのか、粘膜の奥に埋め込まれたものが、グリグリと動き始めた。  市井は、悲鳴をあげそうになるのを奥歯を噛みしめ、必死にやり過ごす。  額に汗が滲み出る。 「ターゲットを絞って、一気に投入するのがいいと思いますが?」  会議では、法の網をうまく潜り抜けた、限りなく黒に近い詐欺みたいなビジネスモデルの提案がなされていた。  皆、固唾をのんで市井が発言するのを待ち構えていた。  市井は、眉間に皺をよせ、腕を組んだ。  今日の市井は、いつにも増して何とも言えない迫力があった。もっとも、それは体内で蠢くもののせいだったのだけど。  体内で蠢くもの……今朝、ピンポン玉大に縮んでポケットにもぐり込んだボールに、お留守番を言い渡した。それに対し、事もあろうか、ボールは小型のバイブの形状に変化し、後孔に収まってしまったのだった。  取り出そうにも、コードがない意志を持ったバイブは巧みに市井の指を避け、お仕置きとばかりにいい所を擦りあげる。  諦めた市井は、体内にボールを埋め込んだまま、出社したのだった。 「…ん…んん、持ち帰って、一晩考える。追って、連絡する」  このままでは、あらぬ声をあげてしまう。  市井は、会議を切り上げると、そのまま自宅に戻るように指示を出した。  全身が、ぐっしょりと汗ばんでいる。  幸いなことに、会議の途中で咳払いに喘ぎ声が混じっていたことも、落ち着きなく尻をモジモジとさせていたことにも、誰も気付かなかったようだ。  こんな状態では、何もできない。  ボールが、出てきてくれる気になるまで、気長に待つしかない。  最近、こんな風に妨害されることが多々ある。  何か、対策を考えないと。 「ああっーーー」  体内で小刻みな律動を繰り返す物体のもたらす快楽に、市井の思考は遮られた。      ■ □ ■  一方、高田組の舎弟が集まる控室。  市井が自宅に戻った為、今日の仕事がなくなったマサは、雀卓を囲む兄貴分たちの後ろで聞くとはなしに会話を聞いていた。 「昨日、山本組の若頭補佐がきてたけど、あっちに行くのかな」 「そりゃ、断れないだろ。それに、山本組で直接、盃(サカズキ)を貰えるなんて、えれぇ出世だ」 「でも、頭がここを抜けると、ヤバくないっすか?」 「この組もおしまいかもな」 「おれらも、連れて行ってくれないですかね?」 「女じゃあるまいし、連れて行ってくれるわけねーだろ?」 「そういえば、頭って、恋人いるんすかね?」 「聞いたことねーな。マサ? お前、何か知ってるか?」 「ええっ?」  急に会話を振られて、マサは変な声をあげてしまった。 「こ、恋人は知らないっす」  嘘はついていない。  恋人らしき人は見たことがない。  だが、ボールに尋常じゃないキスをしていた。しかも、会社で。  絶対に、見間違いじゃない。  動揺を気付かれなくて、マサは、トイレに行くふりをして部屋の外に出た。 「おいっ」 「うわぁっ」  部屋の外には、青筋を立て、顔を真っ赤にして身を震わせた組長がいた。  背が低く小太りで、不健康な食生活が原因か、30歳になるのに顔中を赤い吹き出物で覆われている。  高級スーツで身を包んでいるものの、やはり、小物感はぬぐえない。 「お前、市井についているヤツだな?」 「は、はい」 「これから、あいつの行動は全て、俺に報告しろっ」 「はい?」 「お前に、スパイになれって言ってんだよ! 組長命令だ。わかったか?」  小学生のように怒鳴る男を訝しく思いながらも、仕方なく、マサは頷いた。

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