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第9話

『三階にいるよ』  僕はそう答えた。ごつごつした岩のようなモンスターが、咆哮するように胸を張り、最後のゲージを赤く点滅させる。 『そっか、来てくれたんだ。嬉しい。俺は四階』  四階。  その言葉に、ぐっと彼の存在を近く感じて、思わず天井を見上げてしまう。きっと居場所を聞けば、一分と掛からない場所に彼は居るのだろう。  そう思うと、身体が緊張して固まり、嬉しさと戸惑いに体の内側がざわついて落ち着かない。  しかし、そんな戸惑いを他所に、ギルド戦が開幕する時間になってしまう。僕達はいつも通りの配置につくと、彼の予想通りに登場したぺけさんの働きにより、圧勝とまではいかないものの、勝利を納める事ができた。  いつも通り、ギルドのチャットには「お疲れ様」を表すスタンプが三つ押される。  僕は温くなった珈琲を飲み干して、 『そろそろ帰ります』  と、ゆうじさんにメッセージを送った。  やはり会う勇気は湧いて来なかった。  ギルド戦の最中、ずっと背後が気になっていた。彼が会いに来たらどうしよう、どんな姿だろう、僕を見てなんて思うだろう。  そこには喜びより、恐怖が大きかった。 『分かった。俺も仕事戻る』  ゆうじさんは引き止めはしなかった。それがきっと彼なりの優しさなのだと思う。 『でも、同じ空間で一緒にゲームしたんだと思うと、すげえ嬉しかった。ありがとう』  同じ空間。  僕は俯いて、スマホに指を滑らせた。 『いつか、僕から遊んでくださいって言ったら、どうしますか?』  卑怯かな、女々しいかな、うざったいかな、気持ち悪いかな。送信したそばから湧き出る後悔に、僕はスマホを伏せた。  けれど、返事は早く、すぐにそれが震えた。 『上司殴ってでも、有休取って会いに行くよ』  僕は下唇を噛み締めた。  泣きたくて、泣きたくて堪らなかった。  そして切に願った。  僕を早く見つけて、でも見つけないで。  目の前に広がる光の渦や人に飲み込まれて消えてしまいたい、けれど、その中から見つけ出してほしい。  矛盾した気持ちが、車のヘッドライトのように交錯する。  この他人しかいない街の中に埋もれても、必ず見つけ出せることが今の僕には一つだけある。  貴方を好きだという、気持ち。

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