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第8話

 ゆうじさんが指定した場所は、ほぼ二十四時間営業の、本屋が併設されたカフェだった。  目の前には渋谷のスクランブル交差点があり、人がぞろぞろと交わり散っていく。左右には巨大な液晶と、シンボルとも言える109の筒状のビルが夜の街に聳え立っていた。丁度交差点を見下ろせるガラス張りの窓側席を一席、運良く確保する事が出来た。  しかも両隣は大学生風の女の人と、スーツ姿の女の人が居て、絶対ゆうじさんではない、はずだ。  僕も制服で来るのは躊躇われ、一度家に帰ってから私服に着替えて来た。当たり障りなく、白い無地のロングTシャツに、黒いスキニーとスニーカー。ネイビー色のボディーバッグには、充電器と財布だけを突っ込んできた。  車が激しい勢いで流れると、そこにネオンの渦ができる。そしてそれが消えると、一斉に濁流の如く人が流れ、交わり、それぞれの目的へと歩きはじめた。  一体こんなにどこに隠れていたのだろう、そしてこの人が収まるスペースは本当にあるのだろうか。次々と駅や何処からか流れてくる人ごみや車をぼんやりと眺めていると、スマホが震えた。 『俺のゲームを邪魔する上司を、刀剣でぼこぼこにしたい』  いつもより少し緊張しながら、指先をキーボードに走らせる。 『斬るんじゃなくて、殴るんだね。斬新』 『殺さないという良心』  それは良心なのか。  僕は笑いそうになって口元を抑えた。 『今日の相手強そうだな』  話が変わって、来ている事を言うタイミングを逃してしまうと、僕は少しがっかりしながらも、それはそれで良いかと、少しだけほっとする。  会いたくないと会いたいの間で、まだ気持ちが揺れているのは確かだったから。 『相手の参加率もそれほど良い方じゃないみたいだし、ぺけさんが参加だったら勝てるんじゃない?』  週に二、三回、ふらりと気が向いたら顔を見せる相手の名前を出す。ああ、ぺけさんか、とゆうじさんが呟いた。 『確か今日仕事休みのはずだから、来ると思う』  え、知り合い?  自分以外ともダイレクトメールのやり取りをしているのかと思うと、少しだけ納得いかないような複雑な思いに駆られた。 『ぺけさんとやり取りしてるんですか?』 『たまにね。あいつ一応サブリーダーだし』  初めて知った……。  ふぅん、とつまらない気持ちで頷くと、 『嫉妬するなよ』  と返って来て、心臓が大きく体の中で鳴り響いた。 『嫉妬ってなんだよ』 『黙ったからそうかと。よーしよしよしよしよし』 『僕は犬になりません』  僕たちはいつも通りのやり取りを終えると、八時半開始のギルド戦に備えて、武器強化の周回に出かけた。それから暫くして、最後のボス戦の最中、 『ところで、カズどこにいるの? 家?』  と聞かれた。  あまりの不意打ちに、操作していた指先がぴたりと止まる。僕は少し固まって、躊躇う一瞬の中で、濃密な葛藤に苛まれた。

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