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第1話
「神野さん、一番好きなスイーツってなんですか」
「君だよ、豊島くん」
スイーツ男子豊島くんは、近くに出来たばかりのお店『パティスリーゴッドフィールド』にスイーツを食べにやってきた。
店の工事中から注目して楽しみにしていたのだ。
住宅街の片隅に出来た店舗はほのぼのとした店構えで、白い壁が清潔感がある。赤いひさしは白抜きで店名が入っていた。
店の前には華やかな祝い花が飾られ、今日がオープンということを示している。
ラッキーなことにどうやら彼が一番乗りらしい。
店の規模同様こじんまりしたショーケースには、厳選されたいくつものスイーツが輝いていた。
ショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、抹茶ロール,……。そしてプリン。
いちもにもなく彼はプリンを選んでいた。
シンプルだが味のごまかしがきかないし、触感は繊細だ。
卵と砂糖と牛乳とが醸し出す極上のハーモニー。
それになによりその大きさに心動かされていた。
普通のサイズと違ってたっぷりとした容量がある。
特注の型を使用しているらしい。期待度大だ。
店の奥にはイートインコーナーがあった。小さなテーブルが2つに椅子は4脚。ほんとに小さなスペースだ。
すぐにも味わいたくてイートインコーナーを利用する。コーヒーとプリンを注文した。
「こ、これはっ」
目の前に運ばれてきた見事な富士山型プリンに、彼の意識は集中する。
スプーンで突っつくとそれがぷるっと震えた。
大きな蒸しプリン。
厳かに一口。
うまい。うますぎる。
「美味し~い」
少し硬めのプリンにほろ苦いカラメルが絶妙だ。
我知らず涙がこぼれる。
「どうかなさいましたか、お客様」
感動にむせび泣く彼に近寄ってきたのは、パティシエらしい白いコックコートを着た身長の高い男性だった。
彼に向って身をかがめ、切れ長の目は心配そうに細められている。
髪は長く後ろでひとつに束ねていた。
「いえ、すいません。あんまり美味しくて。俺の好みの硬さだし、大きいのがまたなんか懐かしいようで……」
大きなサイズの甘くて美味しいプリン。
それが豊島くんの琴線に触れたのだ。
昔、母親が作ってくれたどんぶりプリンの味を思い出す。
プリン好きの豊島くんのために母が考えて作ってくれた特大プリンだ。
「美味しくて。男なのに、プリン食べて感動して泣くなんて……恥ずかしいですよね」
「いえ、こちらこそ感動しました。パティシエ冥利につきます」
左胸に右手をあてて神妙に話す姿は、パティシエというより執事みたいな印象だった。
「ぜひまたお越しください。これは私の名刺です」
渡された名刺には『神野 公彦』と書かれている。
ああ、だから『ゴッドフィールド』なのか。
納得して豊島くんはその名刺を大事に財布にしまった。
「俺は豊島です。豊島裕樹。このお店気に入ったんで、また来ます」
元気に宣言する豊島くんの顔を、穏やかな神野の微笑みが見守っていた。
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