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第24話
豊島くんが頭をかいて恐縮している。
タオルケットを肩にはおってのろのろと身を起こしたところだった。
「いつも俺、終わった後に眠りこけちゃうことが多くて……」
放心していると言う方が正しい表現だろう。
うつらうつらしてしまったり、横になったまま動きたくなかったり。
それはみな、神野の施しがあんまり気持ち良かったりするからだ。
彼が休んでいる間に、神野はお茶を入れたり、ご飯を作ったり、いろいろしてくれる。本当に優しくてかいがいしい。
豊島くんは軽く身支度をすると立ち上がって神野のいる方へ向かった。
「いいんだよ。それだけ満足してくれたんだと思うと男冥利に尽きるからね。それよりプリン作ったんだ。冷えたら食べられるからそれまでゆっくりしているといい」
食べてから帰るとちょっと遅くなりそうだ。もちろん今日も神野は豊島くんを送って行く気満々だった。
「ねえ、提案なんだけど……。少し狭いけどここに一緒に住まないかい」
「一緒に住む?」
「不測の事態でここしばらく一緒に住んでいたけど、ストレスもまったくないし。こうして近くにいてすぐ愛し合えるし。バイトは下の階だから便利でしょ。学校もここから通えばいい。私の過保護な心配も減るし。君も安心だろうし。いいアイディアだと思うんだけどな」
それは同居ということだろうか。
そう聞いた彼に神野はびしっと訂正した。
「違うよ。同棲だよ。もう君は私の恋人だからね」
「でも神野さん、人には知られないようにって言ってたじゃないですか」
「そうだったかな」
とぼけた風に笑う。神野の中でも確かになんらかの変化があったみたいだ。
妙にうきうきとしている神野に、呆れるともつかぬため息をついて彼は続けた。
「難しいですよ。だいたい上に住んでて下でバイトだなんて、御影さんにも怪しまれるじゃないですか」
自分の息子と同じようだと親身になってくれてる人だ。偏見の眼で見られるのは辛い。
「大丈夫だよ」
「どうして大丈夫って言えるんですか」
「御影さん、もう私たちのことに気づいてるよ」
「え!」
大きな声を出してしまった。
「でも態度変わらないでしょ。ありがたいね」
「気づいてるって、気づいてるって……ええええっ」
「今回のことで私の態度が不穏になったからね。君のことばかりでふらふらしてて経営者としては失格かな」
「あの、それは……」
「君の頬が青く腫れてたでしょ。御影さんは勘違いして私のせいだと思ったらしいよ。いわゆる痴話げんかの果ての暴力だとね」
「はぁ……」
「あんなかわいい子を殴るなんて酷いって怒られて、そうじゃないんだって説明しようとしたんだ。で、『おや?』っとなった。御影さん、私と君がそういう関係だって前提で話して来るからさ」
「いつから」
「さあ、それは分からないんだけど。殴られたことすごく心配してくれてたから、言葉を選びながら本当のことを少し説明しておいたよ」
「すいません。嫌な役目を……」
語るには難しい話題だ。肝心の部分をにごしてくれていると助かる。
「私が思っていたより周りの人は理解してくれるみたいだね」
「そうなんですか」
「それもみんな愛らしい君のことだからだろうけど」
豊島くんの胸は早鐘を鳴らしている。
御影さんに確認しなくちゃ。でもなんて言って?うわーすごく聞きにくい。
神野の前だと言うのにじたばたしてしまう。それを面白そうに見つめて神野はすました顔でお茶なんか飲んでいる。
いざとなったらやっぱり大人のほうが平気なのだ。腹が座っているというか。開き直れるというか。
「大丈夫だよ、君には私がついてるからね」
「はい」
「こっちにおいで」
神野は座っていたソファーに彼を呼ぶ。足の間に挟むように彼を腰かけさせた。後ろからぎゅっと抱きしめる。
「もう、怖くない?」
豊島くんは目を閉じてしばらく考えてみた。
背筋を伸ばす。
後ろにいるのは神野だ。
魔法の手を持つパティシエだ。
最高においしいプリンを作ってくれる優しい恋人だ。
神野の腕は怖くない。
さっきしたばかりなのにまた欲しくなるくらいだった。
「もう、怖くないです」
「よかった」
囁いた唇が彼の耳を食む。
「ねえ、一緒に住もうよ。豊島くん。きっと楽しいよ。ねえ」
意外にも駄々っ子のように誘う恋人に、豊島くんは身を任せる。
暖かい……。
そうしてつくづく思うのだ。
神野に好きになってもらえてよかったと。
神野を好きになってよかったと。
こんなに素敵な恋人は他にいない。
「神野さん」
「なんだい」
「好きですよ」
構えることなく言えるようになった言葉。
それが自分でもうれしい。
彼は首をひねって後ろにいる神野と目を合わせる。
「俺、神野さんが大好きです」
そして唇をすぼめて自分からキスをせがんだ。年上の恋人はうれしそうに微笑むと顔を近づけて来る。
「……ん、…あっ……ん」
神野は豊島くんの希望をたっぷりとかなえてくれた。
甘い甘いそれを味わい彼は神野の中に溶けていく。
スイーツのようなキス。
幸せなふたりは互いを思い合い、しばし時を忘れて睦み合ったのだ。
END
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