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第23話
「先に一ついいかい」
いざ寝室に入ったものの、神野はいささか神妙な顔で確認してくる。
「はい。なんですか」
「ごめんね、豊島くん。先日私は感情に任せて君に襲い掛かってしまった。私もあいつと変わりないんじゃないかと思うと、どうしていいのか分からないんだ」
神野は自分を恥じていた。自分のしたことが許されるのだろうかと心配しているのだ。
「そんな。神野さんは違います。神野さんは俺の恋人だから嫉妬したり心配したりする権利があったんです。それに俺の態度もいけなかったんです」
それでも躊躇する神野に対して、珍しくも豊島くんのほうがじれったくなる。しかし神野はこだわった。
「隠してたとかじゃないんだよ。自分でも、自分の中にあんな怒りや激情が存在しているなんて思わなかったんだ。驚いたよ」
視線を落として肩をすぼめる。
「君のことを思うと私は我を失うことがあるみたいだ。気をつけないとね。本当にごめんね」
そして申し訳なさそうに頭を下げた。
「大丈夫です。今度そんなことがあったらちゃんと俺がとめますから。神野さんのことは俺が一番よく分かってるんですからね」
得意そうに言う年下の恋人に神野は目を細める。豊島くんは明るく笑った。
「反省してるならもうそれでいいんですよ」
彼は成長している。
間違った行いをした者を許すという寛容さを豊島くんは身に着けていた。
手が神野の肩を元気づけるように叩く。
事件を乗り越えて、なんだか少ししっかりしたようだ。
あのホームレスのおじいさんの話もいい影響を与えている。
こんな風に触れ合えるのは奇跡だ。そう思う気持ちが彼から戸惑いを消し去っていた。
恥ずかしかったり、怖かったり、怯えたり、いろいろな理由で神野との行為を拒否するのはもったいない。恋人同士なのにそんなの愚かなことだ。
素直になって、自然に神野を求められたらいい。
愛し合えたらいい。
だから彼は自分から神野の鼻先にキスをしたのだ。
「神野さん、抱いてもらえますか」
さらに言葉で直接告げる。
神野は驚くとともに照れくさそうな顔になった。
積極的に乞われて、うれしくない訳がないのだ。
「もちろん。優しくするよ。たっぷり愛してあげるからね」
魅惑的な囁き。
そして威力のある視線。
豊島くんはふわふわ夢見心地になる。
「する前にシャワー浴びるかい?」
確認されたが今日は遠慮しておいた。
「いいです。このまま……お願いします」
はやく触れ合いたい。こんなせっかちな気持ちで行為を待つのははじめてだ。
「俺、今すごく神野さんが欲しいのに……焦らさないでください」
「そんな熱烈な言葉、うれしいね」
チュッと音をさせて額にキスをすると、神野の手は彼のシャツのボタンを外して行く。豊島くんは目を閉じて少し顎をあげ、神野に自分を任せた。
ベッドの上、座って向かい合ったまま心地よい愛撫がはじまる。
目を閉じていると手が肌を滑っていく感触がよく分かった。
そして舌も。
「あっ」
感じてしまった。
乳首を舐められたのだ。
「ほんとに敏感だね」
神野が顔を覗き込んでいる。
感心したように言われて頬が火照った。
今日は自分から求めて少しは積極的にいけるかと思ったのに、やっぱり神野のペースだ。
「君の乳首おいしいよ。赤くて、硬くなって、大きくなってきて、ミニサイズの苺みたいだね」
「苺…」
「ショートケーキの上の苺。今度から、ショートケーキ作るたびに君のことが思い浮かぶね」
「やだ」
ベッドの中のことならそれはそれでいいけれど、日常に持ち込まれるのは恥ずかしいと思う。
次からまともにショートケーキが食べられなくなりそうだ。
「『やだ』なんて言わないでおくれ。私はいつも君のことを考えているんだから。それにしても、君の『して』と『やだ』は最強だ」
相反する言葉だが神野にとってはどちらも誘い文句に聞こえるらしい。
神野の腕が彼を抱きそっとシーツの波に寝かせる。豊島くんは愛しい人を仰ぎ見た。
乳首にキスされ、それから甘噛みされて、ますます感じてしまう。
「神野さん……あぁっ」
もう一方の乳首を爪の先がかりっと引っ掻く。
途端に身体が跳ねた。
「もう、そこは……」
勘弁して欲しい。
上半身をひねって逃げるが愛撫はやまなかった。強く吸われてさらに感じてしまう。
「どうする?乳首だけでイきたい?」
いくら感じやすいからって乳首だけでなんて……そう思ったのに、彼の下半身にはあやしい熱が兆していた。
嘘!
俺もうこんなに。
衝撃にさっと青ざめる。それを見て、神野は助け舟ともいえない言葉を発した。
「それとももっと色々されたい?直に擦られたい?君の好きなようにしてあげるよ」
「………」
「この間みたいにたっぷり舐められたい?」
ぼんっと音がしたみたいになって豊島くんの顔は赤くなった。
神野の口でされるフェラチオはたいそう気持ち良かったのだ
どう答えたらいいのかと迷っている彼に、かぶせるように神野が提案する。
「後ろから突き上げてイかせてあげようか」
瞬時に想像し胸の鼓動が加速する。
「そういうのところてんて言うらしいよ。豊島くんところてん作るとこ見たことある?」
見たことはなかったが言わんとしていることは想像がついた。
後ろのいい所を押されて前からあふれてしまうのだ。
返事をしない彼を気にした風もなく、神野は機嫌よく続ける。わざと明るくしてるのかもしれない。
「選べないみたいだね。私に任せてもらえる?」
「……はい」
小さな声で受け入れると彼はぎゅっと目をつぶった。
「怖がらないで。だめなら言ってね」
あの日以来SEXが怖くなってしまっている彼を慮る。
気持ち良くさせたいのだ。
怯えさせたり怖がらせたりしたい訳ではない。
あらためて甘いキスを送ると神野は彼に覆いかぶさる体勢を取った。いろいろ意地悪を言いはしたが結局はプレーンな体位で繋がろうというのである。
「本当はね、君があんまり色っぽい顔するから私ももう硬くなってるんだ」
あまり作為的なことはせずただシンプルに繋がることを神野は考えていた。
下肢の奥に腰を沈めていく。
「ん、あ…ん」
豊島くんの喉が大きく反った。
入ってくる。
それは久しぶりの生々しい感触だった。
身体の中に神野がいる。
一部の隙もなく繋がっている。
彼は自分で自分に呼びかける。
大丈夫だ。
相手が神野なのだから。
大丈夫だ。
豊島くんの胸が激しい呼吸で上下した。
「豊島くん、大丈夫?」
「はい……神野さん」
腰が前後に激しく動き出すと彼の身体も派手に揺れた。
神野も息が荒くなる。
「はぁっ……はっ……」
「う…んっ、……あ、ああ、…あああ。神野さん」
「豊島くん。あっ……君は…、かわいい…よ」
「神野さんっ。……いい…っ」
彼は首を左右に振って快感を口にする。
今日は大丈夫そうだと神野はほっとした。レイプされた恐怖の感触は薄れて来たのかもしれない。
「神野さん、神野さん」
ただ、やたらと名前を呼ばれている。抱いているのが神野だと確認しなければ気が済まない、とでも言うようだ。
やはり不安や恐怖があるのだろうか。
豊島くんの手が神野の背中にまわりしがみつく。爪が乱暴な強さで肌を引っ掻いた。おそらく無意識の行動だろう。
「神野さん。しん…の……さん」
見開いた目が神野の顔を穴が開くほど真っすぐに見つめている。
相手が神野だと確かめるように。
ずっと見続けていなければ安心できないとでも言うように。
「そうだよ、私だよ。安心して」
「はい。は…い……」
それでも混乱したように彼はさらにきつく神野にしがみつく。
いやな記憶に支配され少し錯乱しているのかもしれない。
「うっ」
かわいそうなほど身体を震わせながら彼は射精した。神野もまた後を追って達する。
しかし、彼が涙をにじませているのを見て辛くなった。
満足や充足というよりもなにかを堪えているかのような表情だ。
快楽を得る以前の問題だと思う。
身体というより精神的なものだった。
「やめようか」
だからそう提案していた。しかし豊島くんはショックを受けたような顔になった。
「え、どうして」
「辛そうだから」
指先でそっと前髪に触る。
「やめない。やめない。神野さんとしたい。俺、神野さんとだけしたいんです」
言外に、望まないSEXを他の人間としたことが尾を引いているのを示している。
やはり大きな傷が残っているのだ。
躊躇する神野に彼はしがみつく。
「忘れさせてください……」
「豊島くん」
「神野さんで、忘れさせてください」
涙目でそう懇願されては拒否することが出来なくなった。
「いいのかい」
「いい。いいから。神野さんに俺を抱いて欲しい」
「分かったよ」
少し思うところがあって神野は彼にひとつ注文を出してみる。
「うつぶせになってくれるかい」
次は後ろから繋がるつもりだと伝えられ、彼は素直に従った。ベッドに伏せる。
神野は上に身体を重ねて行った。
唇で、うなじから背筋へと、愛していく。
豊島くんはふいに身体を縮こめた。
彼は自分でもあれ?と思った。
この体勢……。
ざわざわしたものが背筋を這い上って来る。
あの時の。
髪の生え際にどっと汗が浮かんだ。
パニックになる。
「いや…」
いやだ、いやだ、いやだ。
あの時、豊島くんは背後から襲われ蹂躙されたのだ。
それと同じ形だった。
相手の顔が見えない。
ねじ伏せられる。
怖い。
がくがくと身体を震わせ前に逃れる。腕を伸ばす。シーツを掴んであがく。それらの様子を見て、神野の腕が彼を後ろからしっかりと包み込んだ。
豊島くんは怯えている。
強姦された時の記憶に捕らわれている。
ことを察した神野は宥めようと囁いていた。
「豊島くん、落ち着いて。大丈夫。いま君を抱いてるのは私だよ。怯えないで」
肩口から前に差し出すようにして彼に顔を見せる。
「私が分かるかい。こっちをむいてごらん」
豊島くんは恐る恐るといったように首を後ろにひねった。
神野と目が合う。
「神野さん、神野さん」
救いを求めるような口調に痛々しさすら感じながら、神野はその体勢を崩さない。
「私を意識して。大丈夫。優しくするよ。君を傷つけたりしないからね」
彼は涙まじりにこくんと頷いた。
その健気さに胸に痛みを覚えながら、神野は励ましの声を続ける。
「大丈夫だよ。いい子だね。ゆっくり、深く、息をしてごらん」
「はい」
「私を信じて」
「はい」
「君の中に残っているいやなことを、全部私が上書きして拭い去ってあげるよ」
「神野さん…、神野さん、神野さん……」
他の言葉を知らないかのような一途さで恋人の名前を呼ぶ。
神野はその声に誘われるまま顔を前に差し出して唇を奪う。
「……っ、う……ぁ…ん」
「君の背中に私の胸が当たってるだろ。私の熱を感じるかい」
興奮している胸の鼓動。そして熱と汗。それらは直接豊島くんの背中に伝わっていた。
「感じて、覚えるんだ。私の感触を。私の愛情を…」
そして他の人間の気配なんてすべて消し去ってしまうんだ。
事を急ぎ過ぎているかとも思った。
神野自身どういう風にすれば彼が再生出来るのか分かっていない。
ただがむしゃらに愛情を注ぐことしか出来ない。
他の方法が思い浮かばないのだ。
「入れるよ。身体の力を抜いて」
彼は背後に首をまわして神野のことを確かめる。それから「はい」としっかり返事をした。
神野の勃起した性器が彼の蕾を割る。みっしりとした肉をかき分け内部を進んだ。
「あああぁ………」
殺せない声が響く。
身体が撓む。
「神野さんっ」
切ない声で名前を呼ばれ、神野は彼の耳元に口をよせた。
「豊島くん、好きだよ」
そして耳たぶを唇に挟むと柔らかい愛撫を与える。
瞬間、彼の中がぎゅっと締まった。
自分から求めているのだ。
「あ、あ、ああ……」
「私を感じているかい」
「あ、……うん、うん。……神野さん」
こくこくと頷く子供のような返事だった。
「神野さん、すき……」
探って来た指が神野の手を必死に掴んだ。
「俺、神野さんに好きになって、もらって………よかっ…た」
「豊島くん」
「大丈夫だから……。俺…、大丈夫だから。もっと……神野さんが欲しい、です」
健気な要望に神野は誠心誠意応える。
彼を自分の愛情の波で押し包む。
肌の中に溶けて行くようなSEX。
ふたりで求めあい、ふたりで紡ぎ合う絶頂は、豊島くんの中にあった冷たく辛いものを確かに粉々にしたのだ。
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