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第1話
「今日は久しぶりのデートだから早く帰りたいなぁ。」
高等学校の4階にある美術準備室からのんびりとした独り言が漏れてきた。
声の主は美術教師の松岡 俊介 。
身長は167センチで、ワイシャツにネクタイを締め、スラックスの上に油絵具が付いた汚れた白衣を羽織っている。
年齢より若く見られるので生徒にはお兄さん的な存在になっているのが嬉しいやら悲しいやら……
尊敬される立場になりたいなぁ。
今日の美術の授業は午前中で終わりだったから、下校時間までのんびり窓の外を眺めて暇つぶしをしている。
インスタントコーヒーの入ったマグカップを手に取ろうとすると窓から急に強い風が飛び込んできた。
「…っつ…!」
少し長めの前髪と風が散髪に行けよ言わんばかりに目を攻撃してくる。
うっとおしいこの髪を切りたいのは山々なのだが、時間が取れず散髪屋に行けないままになっていた。
「毅 が長い方が色っぽくて好きだって言ってたけど…これはちょっと長過ぎるかな。」
毅は大学時代から付き合っている彼氏。
毎週、毅とデートだったのに、この所忙しくて合うことが出来なかった。
「今日は3週間ぶりのデートだから いっぱい甘えちゃおうかな。」
ビュウウウウウーーーーーッ!!
頭の中に浮かんでいる考え事を吹き飛ばすかのように、また強風が入り込んでくる。
慌てて窓を閉め、さっき飲もうとしたマグカップに手を伸ばした。
するとカップの中心に花弁が1つ浮かんでいる。
驚いて窓の下を覗くと学校をぐるりと囲んでいる桜並木が薄紅色の雪を振らせていた。
「あそこから来たのか?凄いな、ここ4階だぞ。」
こうして上から見ているとピンクの綿菓子の様だ。
コーヒーに浮かぶ薄桃色のハートを眺め
ふふ、可愛いな…今日はいい事、絶対あるぞ!
一人喜んでマグカップをデスクに置くと同時に放課後を知らせるチャイムが鳴った。
やっと帰れる!
羽織っていた白衣をポールハンガーに放り投げ鞄を掴んだ。
「はっ!そうだ。この前、慌てて帰ったら戸締りをちゃんとしてなくて 守衛さんに怒られたんだっけ…落ち着いて指さし確認、指さし確認っと!」
美術室に繋がっているドアを開けての戸締り点検しようした時だった。
「うああああああああっ!!!」
薄暗い美術室の中にぼうっと白い人影が3つ浮かび上がった。
「……しまった……orz…」
がっくりと床に手と膝をついたその先には3体の美しい石膏の胸像が机の上に鎮座していた。
5~6時間目の授業はなかったからのんびりしていたのだが、その前の3~4時間目の授業は新学期を迎えたばかりの一年生の初めての授業だった。
石膏像はその時の写生モデル。
いつもなら男子生徒に声をかけて片付けを手伝ってもらっているのだが、俺はデートのことに浮かれていて忘れていた。
例えばこれが2、3年生の生徒だったら、忘れている俺に声をかけてくれたり、気を利かせて片づけてくれていた。
だが一年生は今日が初めてだから気づかずそのまま帰ってしまった。
「ああ、失敗したなぁ。」
出しっぱなしで帰るわけにもいかず、美術室の鍵をポケットにしまうとしぶしぶ石膏像を担ぐ。
石膏像の中は空洞で見た目より軽いが、それなりに重量はある。
二つの部屋をつないでいるドアは狭いのでぶつけて像が欠けない様に慎重に運ぶ。
3体とも全て運び終わるとぐったりと自分のデスクに突っ伏した。
三往復もしたせいで腕や腰が痛い。
デスクの前で丸めていた身体を伸ばすと腰からゴキリと嫌な音がした。
「あたた、前はこれくらい平気だったのにな。30になったら急に年取ったのかな?」
今度は忘れずに生徒に運ばせよう。
痛い腰をさすりながら時計を見ると45分も過ぎていた。
「もうこんな時間っ!!」
今度こそはと鞄を掴み戸口に向かう、ドアに手をかけてから固まった。
「あれ?ちょっと待て……昨日、行くってLIMEしたっけ?」
昨日のことを思い返す…
連日の疲れが溜まっていてふらふらになって帰っただろ。
コンビニ弁当食べて
お風呂は浸かりたかったけど面倒だからシャワーですまして………
その後は………えっと…
ベッドにダイブして………
そのまま……
爆睡したーーー!
スマホに触れることすらしていなかった事に 今頃、気が付いた。
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