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第3話
俺と中島の目線が会い、彼はふわりとほほ笑んだ。
俺達二人とも貧乏くじを引いたな。
中島は何事もなければ今年度卒業のはず、今は就職や進学で忙しくて、クラブ活動どころのじゃないだろうに可愛い後輩に泣きつかれたという所かな?
こういう優しい所が更に女子に好かれるんだろう。
部長らしき女子部員が俺の手を取って嬉しそうに言った。
「先生、今すぐ私達と一緒に職員室行って顧問の登録をして下さい。」
「えっ?!今?!」
「はい、今日から練習したいんです。お願いします。」
彼女達も折角決まった顧問に逃げられたくないんだろう。
急いでいるのに……、それにLIMEだってまだ書いている途中で送信もしていない。
「夏のコンクールまで時間がないんです。すぐにでも練習しないと間に合わないんです。」
「宜しくお願いします。」
再び中島を含む9人の生徒が俺に頭を下げた。
「……わかったよ。」
顧問を引き受けると言ったため断る事が出来ず、戸締りと帰り支度をして、生徒達と共に職員室に向かった。
こんな所で時間を取られている場合じゃないぞ。演劇部員に鍵を渡したらすぐに毅にLIMEして帰るぞ。
職員室から事務員が丁度出てきたので、自分が演劇部の顧問になる事と彼女達が使用する教室の鍵が欲しいと伝えた。
「あら、松岡先生が引き受けたんですか?」
「はい、産休の間だけですが……。」
「みんな良かったわね。先生にちゃんとお礼は言ったの?」
事務員は50代後半のおばちゃんで礼儀作法には厳しい。
『はい。松岡先生、有難うございます。』
彼女達は俺に頭を下げて改めて礼を言った。
事務員は彼女達のその姿を満足そうに見てから、顧問用の書類と鍵を俺に渡した。
「松岡先生、鍵を下さい。」
「ああ」
言われるがまま鍵を演劇部の部長に渡す。
「先生、有難うございます。行こ!」
演劇部員達は待っていたとばかりに俺から鍵をもぎ取るとすぐに職員室から消えて行ってしまった。
やれやれ、やっと帰れる。
「お先に失礼します。」
事務員にそう言って玄間に向かおうとすると呼びとめられた。
「あらあら松岡先生、帰っちゃ駄目ですよ。書類をちゃんと読んでないでしょ?」
「えっ?はい…。」
ううっ!急いでいるのに。この人に捕まると話が長いから困るんだ。
「松岡先生、必修以外の部活の顧問をなさった事はありますか?」
「ありません。」
「そこにも書いてありますが念のため言っておきますね。先生はいつも早くお帰りになるから御存じないかと思いますけど、顧問は基本的にトラブルが起こった時などの為に、クラブ活動中は職員室で終わるまで待機していなくてはいけないんですよ。」
「え…ええっ?!」
ずっと残っていなくちゃいけないなんて、そんな事聞いてないよ!!
「クラブ活動する時は松岡先生の所に生徒が部室の鍵を受け取りに来て、終わったら先生の所へ鍵を返しに来ます。受け取ったら先生はこのキーボックスへ鍵を戻しに来てここに名前を書いて下さい。」
「私はずっと職員室にいなくちゃいけないんですか?」
一応、自分のデスクは職員室に用意されてはいるが、朝礼の時以外はいつも4階にいる。ここで生徒を待つのは落ち着かない。
「あ…普段松岡先生は美術準備室におられましたね。鍵の受け渡しが出来れば、先生の場合は美術準備室でも構わないと思います。生徒に居場所を教えておいて下さい。」
「あ、はい……。」
サインをしながら俺は後悔していた。
石膏像の片付けを忘れなければ演劇部に捕まらずに済んだのに……。
俺は重い足取りで4階の美術準備室に戻ると、彼に送信するはずだった書きかけのLIMEを削除した。
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