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第41話 訣別~兄弟の永訣~

 頼朝が牙を剥いたのは、景時と対面したすぐ翌日だった。  それ以前より情を交わしていた白拍子の静が、出入りの者達の様子が何やら不審であることに気付き、義経に告げたのだ。 ―まさかとは思いますが.....―  静の言葉に黙って頷き、女達を外に逃がして、義経は早急に屋敷の警備を固めさせた。朝廷より拝領した太刀をはき、鎧を身に付けた。静寂のうちに、かすかに木のはぜる音がしていた。松明の明かりが闇の中を近づいてきた。  門を叩き割り、板戸を蹴り破る姿が見えた。 「何者ぞ!」 と義経の配下の者が叫ぶ。 「土佐昌俊なり。九郎判官、お命頂戴つかまつる!」  応じた鎧武者の言葉に、義経は完全に頼朝との関係が、決裂したことを悟った。襲ってくる者達を切り伏せながら、その瞳は涙に曇っていた。   ―兄上、そこまで私を憎むか......―  刀を振り下ろし薙ぎ払う相手は、もはや向かってくる敵では無かった。自分が望んで求めた兄弟という『絆』の幻だった。  全ての敵を切り伏せた時、義経の胸の中に残ったのは、虚しさだった。  平家を討ち果たした時の高揚感は既に過去の物だった。  胸の中に抱き続けた儚い空しい夢を自らの手で切り裂かねばならない哀しみであり、怒りであった。それは頼朝に対する怒りであり同時に儚い夢に浮かれた自分への怒りだった。 ―だが.....― 「......無事か?」  配下の者達が周辺の警備のために去った屋敷の奥で、ゆるりと涼しげな声が問う。月明かりの下、麗しい微笑みと傍らに寄り添う巌の如き影に、義経は微笑み返した。 「大事ありませぬ」   「これで、鎌倉殿とは『終わり』でございますな」    震える声でふたつの影に語りかける。  こくん....と小さな頭が頷き、そして呟いた。 「これから先は辛うなるぞ.....」 「生き抜いて、みせまする」  義経はふたつの影に告げた。  金色の瞳が優しく、だが哀し気に微笑った。 ――――――――――――――   「ほんにお前は牛若には優しいのぅ.....」  義経の配下の者達に気付かれぬよう屋敷を離れて鞍馬に戻り、血に染まった衣を脱ぎ捨てて弁慶は嘆息した。 「別に優しゅうなどない。頼朝の遣り方が気に食わぬだけじゃ」  遮那王は既にさっさと身を拭って、褥に身を横たえていた。 「何人おったかのぅ...」 「三十四、五であろうかのぅ.....」  白い腕がするりと伸び、弁慶の頭を抱き寄せた。唇を重ね、肌を重ねる。 「闇討ちまで謀るとは、とことん呆れ果てた男よの」   「頼朝か.....」 「そうじゃ......」  互いに肌をまさぐりながら、香りを温もりを確かめながら、い抱き合い分かち合う。 「やはり、あやつはその裔までも喰ろうてやらねばなるまいのぅ.....」  魔王に捧げられた遮那王には望んでも得られぬ人の世の『絆』を踏みにじった。それは何より許しがたい。  遮那王は、背をしならせ、甘やかな吐息を溢しながら、ひそ......と呟いた。 「弁慶......」   「ん?」 「これが....この世が終いになったら...それでもお前は傍にいてくれるかのぅ.....」 「無論じゃ。嫌じゃというても離れはせぬ」 「酔狂なことよの」  クスクス...と笑って、脚を絡ませて遮那王は弁慶の雄を身の内深くに手繰りよせた。細い喉が仰け反り背がしなる。  その瞳には奥深い哀しみが宿り、弁慶はその哀しみごと遮那王を抱きすくめた。 ―――――――――――☆       やがて、この頼朝との決定的な断絶によって、義経は都を逃れ、再び奥州を目指すことになる。  そして、いま一人の御曹司 - 遮那王と弁慶の姿もその道行きに見え隠れしつつ、京の都からふつりと絶えた。  後の世に伝わる『千本桜』の物語が、ここから始まる......。  

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