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第4話
ゆっくりと鼻から息を吐き出して、ハルは目の前のインターホンを鳴らした。
立派な門構えに、白い外壁の大きな家……絵に描いたようなお金持ちのこの家に来たのは、いつぶりだろう。
『はーい、ちょっと待ってて』
そうして明るくその呼び鈴に答えたのは、夏生だった。
夏生の父は美術商をしているらしい。日本の伝統工芸なんかを仕入れて、海外でそれを売っている。
――日本ビイキの海外の富豪はいくらでもいるんだって。そう教えてくれたのは夏生だった。
土曜日の昼下がり。ハルは夏生に呼び出されていた。呼び出されて、というのは語弊があるかもしれない。
例のことについて、教えてくれるというので、大人しくのこのことやってきていた。
そういう辺りやはり気が弱くて、どうにもうまく振る舞えない。
本当なら、先日あの場で問いただして、そして――
(あれ、それで俺は、夏生にどうしてほしかったんだろう)
庭を抜けて現れた夏生は、休日の土曜日だというのに学ランを着ていた。
それももう暑いだろうに、冬服だ。
「来てくれたんだ。今日は母さんもいないから、ゆっくりしていって」
「いや、でも……」
そういうつもりではない。ただ遊びにきたわけではない。
学ランの紺色の布地を見ながら、やはりハルは大人しくその背中についていく。
玄関をあがって、階段を三階まであがる。そこに夏生の部屋はあった。
それはずっと変わっていなかった。フラワーアレンジメントをする夏生の母が、家じゅうを花で満たしており、その芳香は淡く夏生の部屋まで届いている。
「なつ――」
「ねえ、知りたいんでしょ? この間のこと」
部屋の窓から差し込む午後の日差しが、夏生の輪郭を浮かび上がらせる。
ハルが先手を打つ前に口火を切られ、やや面食らった。
「いいよ。教えてあげる」
詰襟のホックに夏生が手をかける。そして、前のボタンもゆるりと外した。
やがて現れるのは白いシャツ……と、赤い……、
「…………夏生、それ」
「驚いた?」
真っ白なシャツの上に、赤い紐が走り回っている。
それは見たこともない様相で、けれど、何かしらの知識欲でうっすらと知っていた。
「亀甲縛り。これ、この間とは違うオジサンに教わったんだ」
「なに……なん、で」
よく分からない。なんと声をかけるべきなのか、なぜそれを見せられているのか……。
「オレさ……ずっと、ハルを待ってたんだよ」
「え?」
そっと、逆光を浴びる夏生がハルを抱きしめる。
シャツに絡んだ赤い紐の結び目が、ごつごつとハルの体にぶつかった。
「会いたくて。あの塾の近くで、ずっと待ってた」
夏生の吐息が耳にかかる。その温度は熱くて、なんだかむずむずとした。
「そうしたら、いつもここにいるね、ってオジサンに声をかけられて……それから」
それから、なんて。聞きたくない。
そう思ったとたん、ハルは思わずその唇を塞いでいた。
「ん、ん……っ」
うまいやり方なんて知らない。けれどけれどけれど。
今までの分を上書くみたいに、夏生の唇を深く舐め回す。がちがちと前歯が当たって、気持ち良さよりも違和感が勝った。
「はぁっ……ハル、なんで……」
「悔しかったから。俺だって、夏生に会いたかったよ……」
「ハル……っ」
夏生の腕が、うなじに絡む。
そうして強く抱き締める夏生には、さきほどまでの妖しさよりも、幼さが漂った。
「ハルに会えなくて寂しくて、オレの体……もう」
「……いいよ。その代わり、俺に教えて」
額を軽く当てると、互いの熱がダイレクトに伝わった。これが風邪の発熱でないことくらい、二人には分かる。
「今度は俺が、縛ってあげるから」
終
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