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バッティング
九条君とは、一年前の合コンで知り合った。
その日の「一番人気」だった九条君はちょっとした有名人で、合コンに来る前から俺はその存在を知っていた。
法学部に在籍する九条君の事を知らない人は居ない。
頭が良くて背も高くて、おまけに顔も文句の付けようがないくらい男前だ。
山本に誘われた俺はいつもの如く、酔わない程度にちびちびとウーロンハイを飲んでいると、隣に初対面だった九条君がやって来て色々と話をした。
そんな彼は見た目とは違ってかなり奥手らしく、女の子と話すのが苦手だって事をその合コンの場で延々聞かされた。
珍しく美人揃いだったその日、九条君が一次会のあと誘い出したのは、話が弾んだ俺だった。
『七海と居るのが楽しい。 七海の事をもっと知りたい』
そう言って九条君は強いお酒をグイグイ飲んだ。
二人だけの二次会中、何気なく告白されたけど速攻で断って、僅かにショックを受けていた九条君をいつものように慌てて諭した。
『九条君、俺は男だから無理だよ。 こんな顔してるけど男なんだからな』
そのとき俺は、自分がゲイだって話した覚えはない。
だから今も、九条君は俺が男しか好きにならない人なんだって事は知らないと思う。
言っちゃうと期待されてしまいそうだし、九条君はノンケなんだから一時の気の迷いでこっちの険しい道に来ることはない。
それまで諭してきた他の人とは違い、引き下がらなかった九条君に折れて、友達としてならいいよって言ってからは週一で飲みに行く間柄となった。
もちろん、やましい事なんて何にもない。
あれから告白染みた事も言われてないし。
「七海、食えそうなもんある?」
電話で言ってた通り、ピッタリ一時間後にやって来た九条君はビニール袋いっぱいに食べ物と飲み物を買って来た。
真四角の小さなテーブルに置かれたまん丸なビニール袋を見て驚いてると、家主である俺に「座れよ」と言う。
「何でもいいから食え」
「薬飲みたいからゼリーだけ貰う。 あとは持って帰っていいよ」
「七海に買って来たのになんで持って帰らなきゃなんないんだよ。 置いとけ」
「でも……」
こんなに貰えない、と九条君を見ると、フッと笑われた。
「ここにあるの全部、七海の口に放り込んでやろっか」
「わ、分かった、貰うよ。 …ありがと」
遠慮するなと言外に言ってくれたのがぶっきらぼうながらに伝わって、俺もぶどうゼリーの蓋を開けつつ笑った。
九条君はこうして話す分にはめちゃくちゃ良い人なんだけど、女の子の話題になると途端に顔を曇らせるから困ったもんだ。
院に進む事が決まってるからって、のんびりしてたらあっという間に独身のまま歳取る羽目になるよと何度も言ってるのに、九条君は焦った様子を見せない。
この余裕を山本にも分けてやりたいくらいだ。
「なぁ、話って何だったの?」
「あー…。 別に急いでねぇから今日じゃなくていいよ」
「気になるじゃん。 何?」
「あんま良い話じゃねぇんだよ。 俺にも七海にも」
「なになに? もっと気になる」
ここまで来たんだから話してよ、と薬をゼリーで流し込んで言うと、九条君は袋から紅茶のペットボトルを取り出して開けた。
「七海さぁ、まだ合コン行ってんの?」
「え、うん」
「なんで? そんなに彼女ほしいのか?」
「いやいや、そういうわけじゃないんだよ。 これには事情があって…」
「俺みたいな奴に毎回誘われてるんだろ? 場所変えて説得してるってのは知ってるけど、俺心配なんだよ」
「し、心配って……」
山本の、頭数を減らしたい意図により単なる人数合わせで行ってる合コンは、すごく申し訳ないけど晩御飯の場としか考えてない。
無論、男をお持ち帰りしてやろうと思って行った事も一度もないんだ。
大人数の飲み会は好きになれないけど、大学入学してすぐ同郷だと知って親しくなった、友達である山本のために行ってるようなもの。
飲み会に行く度に男から誘われているのを知られてるから、九条君はいつも「俺も行く」とお父さんみたいに心配してくれる。
ゼリーを食べ終わってテーブルに懐くと、九条君の瞳がスッと細くなって、元々整った強面がより厳つくなった。
「いつか説得が通用しねぇ奴が出てくるかもしれない。 今まではたまたま物分りいい奴が多かっただけだろ。 運が良くて」
「……………………」
運が、良くて……。
確かにそうだ。
俺は昨日も、今まで通り気のない素振りを見せれば説得できると踏んで油断して……奪われた。
九条君の心配が現実になってしまったなんて言えなくて、俺は突っ伏したまま顔を上げられない。
「なんか…七海を落とそうとしてる奴がいるって噂聞いてな」
「え! ちょっ、噂って…!」
「合コン行って、女じゃなく男を持ち帰る魔性の男?って噂されてんだよ、七海。 でも誰もセックスした事ないって。 その七海をほんとに落としたらすげぇよなって」
「な、なんだよ、それ……」
そんな………。
まるでゲーム感覚だ。
和彦が言ってた噂とはちょっと違うけど、間違いなく「妙な噂」が出回っているのは事実らしい。
愕然と九条君を見つめていると、ピンポーン、と玄関からドアチャイムが鳴った。
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