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 和彦の声は、あんな強引に事を進めるような人にはとても思えない、この期に及んでもまだ穏やかさを感じる。  昨日も、この優しくて素直そうな声と雰囲気に騙されたんだ。  俺は話なんてないんだからすぐに切ってしまえばいいのに、その穏やかな声が焦りを含んで「待って」と引き止める。  不思議と、ビクビクしていた怯えに似た胸中は、和彦の呑気な語り口によって怒りに変わった。 『僕とするの、そんなに嫌でした? 僕、七海さんのこと誰よりも大切にします。 七海さんと「友達」になりたいです』 「ならない! 強引な人は嫌い! 俺あんたの事大っ嫌いって言った!」  あんな事しといて、どの口が「大切にします」「友達になりたい」なんて言ってるんだよ。  好きな人が出来るまでは、この人ならって思える人が現れるまではって、俺が二十二年間守ってきた大事な操を訳も分からないうちに奪われたんだぞ。  まったく優しくなんかなかった和彦に、俺が心を許すはずないじゃん…っ。  嫌いって言うと、電話の向こうで和彦は分かりやすく落ち込んでるけど、自業自得だと思う。 『………強引だったのは謝ります。 でも僕は七海さんとしてみたかったんです。 …体、大丈夫じゃないって、…』 「頭痛いだけ」 『あ、あのっ、じゃあ僕お見舞いに行きますよ!』 「来なくていい。 てか行きますよって、俺の家知らないでしょ」 『知ってますよ』 「えっ!? なんで!」  怖い怖い怖い怖い!  昨日の今日でお見舞いに来るなんて、どういう神経してるの。  しかもなんで俺の家を知ってるんだ!  即答だったのがそこはかとなく怖い。 『とりあえず行きます、一時間後には着くと思うんで。 ちゃんとお家に居てくださいね』 「え、いや、ちょっ……おい!」  ……二度と顔を見せるなって言ったよな、俺。  家知ってるってどういう事。  昨日初めて会った和彦に俺の家を知られているのも、例の噂と関係あるんだろうか。  いやいや、ちょっと待ってよ、会いたくないよ。  どんなに見た目がよくても、優しげな雰囲気を纏わせていても、和彦はやっぱりどこか強引というか人の話を聞かない節がある。 「え…てか待って。 …一時間後って………」  時計を見ると、もう間もなく九条君がやって来てもおかしくない。  和彦も今から一時間後には来ると言ってる。  もし俺の家に九条君が居るのを見られたら、また和彦の誤解を深めてしまうんじゃないの…? 「いや玄関先で追い返せばいいよな、うん。 それか九条君には早々に帰ってもらうか」  俺は、和彦が来る事よりも、バッティングして誤解される事の方を恐れていた。  妙な噂が流れていて、それを耳にしたらしい和彦から襲われた手前、噂が真実だったと思われたらもっとややこしくなるような気がしたからだ。  あと半年で大学は卒業、俺は就職組だからすでに去年から就活を始めてる。  これまで何の問題なく過ごしてきた毎日が変わってしまう。  いや、もう変わり始めているのかもしれない。  誰かが俺を貶めようとしている。  そうでなきゃ、俺の性癖含めて「悪魔」だの「魔性の男」だの言いふらさないと思うんだ。  ど、どうしよう、どうしたらいい? 「九条君に相談しないと…!」  学部は違うけど、同じ大学である九条君に相談してみよう。  もしかしたら九条君も、俺の噂について何か聞いてるかもしれない。 「よし、て事で和彦来ても追い返そう」  九条君も話があるって言ってたから、ちょうどいい。  そもそも家の中に入られなきゃ、バッティングにもならないしな。  ──はぁ……もっといい噂だったらこんなにビクビクしなくて済むのに…。  俺は一つ溜め息を溢して、ベッドに突っ伏して呻いた。  こじんまりとしたワンルームの一室、二階建てのそこそこ外観の綺麗な今風のアパート。  大学入学と同時に親元を離れ、ここに越してきた日の事をふと思い出す。  この都会だったら、俺と同じく男しか好きになれない人と出会える確率が上がるだろうから、とてもワクワクしていた。  「好きな人」にドキドキしてみたい。  想い合って、愛されてみたい。  ……でもそれはなかなか難しい事だった。  ありがたい事に、誘われたり告白されたりっていうのはちょくちょくある。  だけど俺は、運命的なものを信じていた。  ビビビってやつ。  ───ボーイズラブ漫画みたいに、都合良くはいかないんだなって痛感した。  ……本当に。

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