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 ……たぶんな、あれだよ。  構内で耳にした俺の噂ってやつに興味を持って、一体どんな男なんだろって合コンにまで足を運び、「あ、女顔じゃん、イケそ!」みたいなノリでガオーッだったんだ。  俺と違って和彦は経験豊富そうだし、たった一回のセックスで彼の中の何かが変わるわけじゃない。  ………俺は、……人生観がガラッと変わっちゃいそうだってのに。 「あのさぁ……俺優しくなんかないよ? セックス狂いでもないし。 どんな噂が流れてんのか知らないけど、俺はそんなの信じてほしくない。 マジで…変な噂は信じないでよ」  追い返す気力もない俺は、布団を目元まで上げて和彦の熱過ぎる視線から逃げた。  いくら言っても帰ってもらえないなら、勝手に帰るのを待つしかないんだ。  だって俺は今動けないんだから。  こんな弱ってる俺をどうこうしようなんて、さすがの狼も思わないだろ。 「そうですね。 なんであんな噂が流れてきたのかな?」 「………和彦って大学どこ?」 「K大経済学部です」 「え!? …同じ大学だったのか…知らなかった…」  こんなにキラッキラしてる男が居たら、大学でも話題になってそうなもんだけど。  一年以上被ってるはずなのに、俺は和彦の存在を知らなかった。  顔の広い山本からも聞いた事ないしな。  まぁ、それが分かったところで事実は消えないし状況も変わらないし、目を閉じて「ふーん」と気のない返事を返すに留めた。  俺が布団に潜り込んだのを見た和彦が立ち上がって、向こうへ歩んで行った気配がする。  はぁ……やっと帰ってくれるのか。  安堵したところへ、美味しそうな匂いと共に残念ながら狼は戻ってきた。 「七海さんは文学部ですよね。 院には進まず就活してる」 「なんで知って……!」 「七海さんの事は何でも知ってます。 昨夜眠れなかったので、一晩で調べ尽くしました。 誕生日も、血液型も、地元の事も、家族構成も、友人関係も、……男性を好きな事も」 「─────!!」  え、……やだやだやだやだ…!  気持ち悪い。 なんでそんな細かな個人情報を一晩で調べられるんだ。  ハッタリだとしても怖い。  そもそもここまで執着されるのが理解出来なかった。  俺の初めてを奪った男というだけで十分インパクトあるのに、不気味さも加わって寒気がしてくる。  個人情報だけじゃなく、俺の性癖まで知られていると思うと布団から顔を出せなかった。  俺がゲイである事をひた隠しにしてきたつもりはないけど、わざわざ言わなくていい事だからこっちでは山本しか知らないんだ。  だからこそ、妙な噂が回ってると知ってそこはかとない恐怖を覚えていた。  誰にも悟られないように、合コンでお持ち帰りされても相手を諭して操を守って、何事もなく大学を卒業出来ればいい。  必死に勉強してこの国立大に入ったんだから、恋人探しよりもまずは勉強優先だって、そう思ってたのに。 てかそれもあと一年を切ってたのに。  どうしたらいいんだ。  同じ大学内に情報通な狼が居た。 「とにかく今はご飯食べてお薬飲みましょうね。 七海さん」  体を丸めてゲッソリしていると、和彦の声が降ってきて優しく布団を捲られた。 「七海さん、これ食べて元気になって」  心配気に見下ろしてくる和彦と目が合い、捲られた布団を奪い取る。  ───顔だけはマジでいい男なんだけどなぁ…。 「ふふ、いい匂いでしょ。 僕、生まれて始めてキッチンに立ちました! 七海さんに早く元気になってほしくて」  後ろ手に隠してあった、見慣れた俺ん家の皿の上に乗った肉の塊を嬉しそうに見せてきた和彦は、「ジャーン」とでも言いたげだ。  夢の中で、いい匂いだな…と思ってた正体はこれだったのか。 「なぁ………それ……病人に食べさせていいもんじゃないよ」 「え?」 「そんな重たいの食えるか! 確かにいい匂いだけど今は食べられないよ!」 「えぇっ? そ、そうなんですか?」  俺が食べられないと言うと、シュン…と肩を落とし肉と俺を交互に見ている。  微熱があるって奴にステーキを食べさせる馬鹿がどこに居る。  ……あ、ここに居た。 「僕病気ってあんまり経験なくて…ごめんなさい…」 「……………………」  そんなに落ち込まれると、なんか俺が物凄く悪い事してるみたいな気になってくるじゃないか。  元はといえば和彦がすべての元凶だと思うのに、俺の全力の拒否も通用しないは、風邪引いてる人間にステーキ食べさせようとしてくるは、…どうもこいつは感覚がズレている。 「七海さん、他に食べられそうなものないですか?」 「ない。 ……ごめん、それは食えないから和彦食べて。 そんで速やかに帰って」 「帰りません」 「なんでだよ! 帰れよ! いい加減空気を読め! ……ゴホ、っ、ゴホっ…」 「ほら、そんな弱ってる七海さんを置いて帰れるわけないじゃないですか!」 「…ッッ! そもそも誰のせいで……っ」  咳込むと喉がピリピリと痛くて、全身から力も抜けて言い返す気力がなくなった。  変な男を相手にして、また熱が上がってきたのかもしれない。  熱を出すほどの病気なんて俺も久しぶりで、体だけじゃなく心も弱り始めてるのかな。  そのせいか俺は、目を閉じたと同時に無茶な事を思った。  ───俺の個人情報を知った和彦の記憶を消すには、どうしたらいいんだろう。

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