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七海さんは魔性の男 ─和彦─
僕、佐倉和彦は、一流企業と謳われるSAKURA産業株式会社の跡取り息子だ。
ちなみに三代目。
国内外に取引先を持つ、扱う品は日用品から電化製品、細かなもので言うと文房具や雑貨、宝飾アクセサリーまで手広く扱う有名グループ企業のトップ。
そんな実家は一般的な家庭とは言い難い、控え目に見てもお金持ちな家柄で、僕は悠々自適に順風満帆な日々を過ごしてきた。
特に頑張らなくても勉強もよく出来たし、おまけに外見にも恵まれている。
何の弊害もなく、心を掻き乱される事もないまま現在に至っているけど、恵まれている自覚があるからお金持ち故の不満なんて何一つない。
肩書きに箔が付くからという名目だけでこの大学に入って約二年、僕は卒業までなるべく正体を知られたくなくて、マスクと眼鏡で容姿を隠して毎日をひっそりと過ごしていた。
そんなある日のお昼時、僕の正体を知る先輩に見せられた一枚の写真。
それには、一見何の変哲もない、飲み会ではしゃぐ今時の若者達の姿が写っていた。
これは……男五人、女五人のコンパ?かな。
「占部さん、これが何なの?」
「佐倉和彦、お前は合コンってものを知ってるか」
「もちろん。 行った事はないけど、名前くらいは聞いた事あるよ」
「和彦はお坊ちゃんだからこんな安い居酒屋なんて経験ないだろう」
「あー…まぁ」
占部さんは、大学では先輩でありながらSAKURA産業で働く父親を持つ手前、僕に敬語を使わせる事を許してくれない。
何だか不気味な笑顔を浮かべている占部さんは、僕の肩を抱いて「行ってみないか?」と誘ってきた。
「え? 合コン、?」
「そう。 今日ダチに誘われたんだよ」
「そうなんだ。 僕も行っていいの?」
「いい。 てか来てほしい。 面白い話があってな」
「…………面白い話?」
そのニヤニヤした顔は、面白い話っていうよりよくない話をしたがってるように見えるんだけど。
食堂に居た僕達の元に、占部さんの友人二人も合流した。
「おーっす、占部」
「占部、今日例の合コン行くんだって?」
「三浦、椛島、よっす! 行くぜ〜和彦連れてくぜ〜」
「マジで!」
「……あの…例のってどういう意味?」
訝しむ僕の前で、先輩達もニヤニヤし始めていた。
何なの? 気味が悪い。
「この男の顔よーく覚えとけよ、和彦」
そう言った占部さんにもう一度スマホの画面を見せられて、ある人物を指先で拡大した。
───あ、可愛い。
何ともナチュラルで可愛らしいその人物の容姿に、僕は釘付けになった。
でも占部さん、この子の事…。
「この人…男なの?」
「あぁ、めちゃくちゃ可愛いだろ。 実物はもっと女に見えるらしいぜ」
「そうなんだ…」
こんなに可愛い男の子がいるの?
ボーイッシュな女の子…って言われても分かんないよ、これは。
「和彦、この男落とせるか」
「落とせるか? 落とせるか、って……」
「俺はなぁ、和彦。 お前が裏で女を食い散らかしてんの知ってんだぞ〜」
「人聞き悪いなぁ。 誘われたら断らないだけだよ」
……僕の性生活はどうでもいいでしょ。
男なんだからセックス好きに違いはないけど、食い散らかしてるって表現はよくない。
二十歳になったばかりで飲みに行く事も少ないし、出会うのは会社関係のパーティーで知り合う年上の女性ばかりだ。
決して付き合いを迫ってこない、一夜限りの大人のセックスが僕は気に入っているだけ。
「それそれ! この男も、誘われたら断らないらしいんだ。 仲間だな!」
「えぇ? 誘われたら断らないって、この子、周りの女の子達より可愛いのに女の子から誘われるの?」
「違うって。 合コンで女探しに来たはずの男が、この男にメロメロになるそうだ」
「男が男にメロメロ……?」
よく分からない。
首を傾げる僕の隣で、占部さんのニヤニヤはさらに強みを増す。
「すげぇよな。 この男をお持ち帰りした男に聞いてみたら、「あいつは魔性の男だ」って言ってたんだぜ。 っつー事は悪魔だな。 メロメロにしといて一切付き合わないって悪魔だろ」
「悪魔? 魔性の男? ど、どういう事? 男なんだから、付き合わないのは当然でしょ?」
「そいつ、今でも忘れられないって言ってたんだ。 普通に女が好きだったのに、あいつだけは……みたいな?」
「そ、そんなに? 見た目だけでそんなにメロメロになるもんかなぁ? 男でしょ?」
「だろ! 俺もそこがめちゃめちゃ気になってんだよ。 ものすげぇテク持ってるのかも。 今日の合コンにこいつも来るらしいから、百戦錬磨の和彦が接触してみてほしいんだ。 落とせるもんなら落としてみてよ」
「そんな…ゲームみたいに…」
占部さんの言いたい事がようやく分かった。
この可愛らしい男と接するとどんな男でも何故かメロメロになっちゃうらしいって噂を、僕で試してみてほしいんだ。
メロメロにするわりには付き合わないって、相当な強者だと思うけど…男同士が付き合うというのも僕には考えられないから、分からない話でもない。
それにしても…うーん……この子が悪魔?
とてもそんな風には見えない。
でも人は見かけによらないって言うしね。
女性しか相手にしてきてない僕が落とせるかは分からないけど、ちょっとだけ興味はある。
この子は男が好きなのかな?
そんなにたくさんの男をメロメロにしてきたのなら、セックスの経験もいっぱいあるんだろうか。
悪魔。 魔性の男。
……大人しそうな顔して、そんな異名を付けられるとは。
写メだけでもちょっとドキッてしたのに、実物はもっと可愛いだなんて──色んな意味で緊張してきた。
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