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二十年間生きてきて、今日ほど全身に衝撃が走った事はない。
───これは…やられちゃう気持ち分かるな。
例の悪魔の男の子は、僕と対面する席に座って愛想笑いを浮かべている。
居酒屋前で合流した時に彼の背後に立ってみたけど、ちょっとどころかかなりドキドキした。
小さくて、華奢で、金髪に近い髪の毛がふわふわしていて、顔は…噂通り写真よりも遥かに可愛い。
着飾って、露出多めで、化粧の濃いこの場に居る女の子達の数十倍は。
紺色の無地のシャツにジーパンという、質素過ぎる格好にも関わらず、誰よりも輝いて見える。
こんなに初そうな子が男を漁りまくってるっていうの…?
本当に、人は見た目だけじゃ分からないんだなぁ。
…なんか心臓が痛いや。
「あ、俺注文行ってくるね」
悪魔の子は、事あるごとに個室を出て行く。
みんなの飲み物が無くなりそうになったらちょこちょこ動き回って、幹事である山本さんよりもテキパキ動いていた。
女の子達五人からの視線がずーっと僕に刺さってきて居心地が悪かったから、隙を見てその子の隣の席に行くと……甘い香りがして、つい女性にやるみたいに肩を抱きそうになってしまった。
彼は会話にもほとんど参加せず、あまり飲み食いもしていないように見えて心配だった。
小さいからそもそもが小食なのかもしれない。
僕が隣に来た事にも気付かないでスマホとにらめっこしている彼に、思い切って話し掛けてみた。
「全然飲んでないですね」
「え…?」
あ、声は男の子だ。
そんな失礼な事を思いながら、見上げてきたその顔に見惚れちゃいそうだった。
よくないね、この子。
無意識なのか意図的なのか知らないけど、確かに男受けする表情を持ってる。
「お酒飲めないんですか?」
「あーいや、そういうわけじゃないけど」
「なんか…楽しくなさそう」
「楽しいよ、うん。 しらけさせたんならごめんね」
「あぁ、違います。 そんなつもりで言ったんじゃない。 僕こういう場ではしゃぐタイプじゃないから、……君もでしょ?」
「まぁ……」
鈍く頷いて苦笑を返した彼は、またスマホに視線を落とした。
僕、…これでもモテるんだけどな。
男を誘いまくってるって聞いてたのに、僕にはその誘いをかけてくれないの?
やって来た山本さんと話し始めた彼は、当然ながら僕とより自然に会話をしていて気分が悪い。
僕にも笑いかけてよ。
いつもやってるみたいに、男達がメロメロになる秘密の策を僕にもやってみせてよ。
乗ってあげるから。
いや、──乗らせてほしい。
そして、僕の事をメロメロにしてみせてよ。
グツグツと胸元が熱くなってきてるのを自覚しながら、山本さんとの会話で、彼の名前が「ななみ」だって事は分かった。
そして噂通り、「毎回狙った獲物は逃さない」って事も。
それを黙って聞いていた僕の心臓付近の痛みが増す。
また注文に行こうとする七海さんの細過ぎる腕を掴むと、初めて触れたはずなのに離したくないって思ってしまった。
「落とせるもんなら落としてみて」という占部さんの言葉を思い出す以前に、僕が抜け出そって提案したのに七海さんは断ってくる。
───こんなに可愛い顔して、気配りも出来て、山本さんのメンツを気にして「抜け出すのはダメ」とか言っちゃう優しさもあるのに、……本当にこの七海さんが男漁りなんてしてるの…?
なんのために?
なんのために、七海さんは男を…?
「参ったな…すぐにでも抜けたいです。 七海さんと」
その時の僕は、何かに取り憑かれたように七海さんを持ち帰る事で頭がいっぱいだった。
これが、たくさんの男達も経験してきた「メロメロ」なのかなって、そんな事をチラっと頭の片隅で思っていた。
「抜けるのはいいけど、ここ出て飲み直すとかはナシな。 俺これから約束あるんだ」
……約束? そんなの聞いてない。
この合コンのあと、一緒に居るのは僕じゃないの?
「……誰とですか」
「んっ? んー…。 と、友達」
「嘘ですね」
「嘘じゃないよっ。 友達は友達」
「……セックス込みの?」
「なっっ…!」
「七海さん。 僕がその相手しますよ」
「はっ!?」
友達じゃないんでしょ、どうせ。
僕に秘密の策を出してこないのは、その約束の人とこれから会うからだったんだって思うと無性に腹が立って、みんなに見えないようにテーブルの下で七海さんの小さな手を意味深に握った。
何がそうさせたかなんて、分からない。
ただ僕は、七海さんをこの目で見て、たった二時間くらいの間七海さんを観察してただけで、「メロメロ」になってたんだ。
この子を抱いてる男が何人も居るなんて、信じられない。 信じたくない。
行かないでよ。
僕が相手をするから、行かないで…。
占部さんから仰せつかった事なんか、どうでも良かった。
ただただ、七海さんが今夜、僕じゃない人とセックスするんだって事が許せなかった。
───こんな真似、後にも先にも二度としないって誓うよ。 七海さん、僕を見てください。 僕だけを…。
僕はおもむろにポケットを探った。
七海さんが見てない隙に、ウーロンハイの中に市販の風邪薬を半分量入れて……その時を待った。
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