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後藤さんに頼んで、佐倉家の担当医に七海さんの自宅まで来てもらった。
僕じゃどうしようも出来ないから、病状を診て薬を処方してもらっただけでもありがたい。
七海さんが寝汗をかいたら、こまめに汗を拭いて着替えさせてあげてとも言われたから、また引き出しを全部開けて軽装を探し出す。
それにしても物が少ないな。
ひとり暮らしの大学生ってこんなものなのかな。
「病気の経験もしとかなくちゃなんだなぁ…」
七海さんの体に栄養をと思って持ってきた、神戸牛のお肉でステーキを焼いてみたけど(コンロの使い方が分からなくてネットで調べた)、目覚めた七海さんは「そんなの食べられない」「帰れ」と興奮して…それからまた気を失ってしまった。
看病すると大口叩いておきながら、僕は十年以上熱なんて出した事がないし、後藤さんや身の回りの世話をしてくれる者が自宅には必ず常駐しているから、担当医の助言が無ければ僕は何も出来なかった。
汗を拭ったり、着替えさせてあげたり、事情を知った後藤さんが買ってきてくれたおでこに貼る冷たいシートの存在も、病気の時は食欲不振になるという事も、何も知らなかった。
「あれ…熱上がってる」
辺りは暗くなり、戻ると言っていた男も戻らないまま夜の九時を過ぎた頃。
傍らに腰掛けてジッと七海さんの様子を見ていた僕は、息遣いが荒くなってる事に気付いて体温計で熱を測ってみると、さっきより少し上がってしまっていた。
「お薬飲んでないからだよ…」
食後に飲ませて、と言われた薬は未開封の状態でテーブルの上。
でも何も食べてない七海さんに飲ませるわけにはいかないし、どうしたらいいんだろう。
あ……そうだ。
「ゼリーかぁ、これだったら食べた事になるかな?」
小さな冷蔵庫の中で見付けたみかんゼリーを手に取り、七海さんの元へ戻る。
苦しそうだから早く何とかしてあげたい。
───…僕が初めて看病をする相手が七海さんだなんて、また運命を感じちゃうな。
「………うぅ……っ」
ゼリーの蓋を開けながらフッと笑んでいると、七海さんが微かに呻いて慌てて顔を覗き込む。
今起きてくれたら、お薬を飲むチャンスだ。
「っ? 七海さんっ? お薬飲みましょ? お願い、飲んでください」
「……喉渇いた…」
「ちょうどいいです! ゼリー食べましょ、そのあとお薬!」
「食べたくない……何にもいらない…喉渇いた……食べ物いらないから飲み物ほしい……」
「…………か、可愛い……」
瞳を瞑ったままの七海さんは、小さな子どもみたいに駄々をこねている。
具合が悪いからそうなってしまってるんだって分かってても、どう控え目に見ても可愛かった。
「和彦…まだ居たの? ……帰れよ、マジで…」
「帰らないって言ったでしょ。 せめて風邪が治るまで居させてください。 こうなったのは僕のせいだから、償わせてほしいです」
「そんなの要らない……」
体調が悪かったのに抱いてごめんなさい、その気持ちだけ伝えても七海さんはきっと受け取ってくれない。
どうしたら七海さんが「帰れ」って言わなくなるのか、僕には皆目分からないから沈黙するしかなかった。
やってしまった責任は取る。
七海さんのためだったら何でもする。
風邪がよくなって、僕を虜にした秘密の策と、足しげく合コンに参加する理由と、二度と男漁りしないって誓ってくれるまでは、僕は何がなんでも七海さんを追い掛ける。
「……とりあえずお薬飲んで。 少しだけ体起こせますか?」
「無理。 起きたくない。 ……きついもん…」
「……っ…可愛い……っ」
「さっきからうるさいよ…」
「七海さんが可愛いのがいけないんです。 しょうがないから僕が食べさせてあげます」
駄々をこねる七海さん、……とっても可愛い。
こうして熱で苦しんでるのが七海さんじゃなかったら、本当にどうとも思わないし、ましてや付きっきりで看病なんてしなかっただろうな。
虚ろな瞳で僕を見上げる七海さんの背中に手を回し、上体を起こして座らせた。
服の上からでも、体の火照りが手のひらを伝ってくる。
早くお薬飲んで、元気になって──。
僕はゼリーを口に含み、七海さんのほっぺたを両手で包み込んだ。
そしてゆっくりとカサついた唇へゼリーを運ぶ。
「しょうがないってお前なぁ……んむっ!?」
「はい、飲んで。 ゴックンして」
「………っっ…!」
驚く七海さんの口の端から漏れ出るオレンジ色のゼリーを舐め取って、それも素早く唇を合わせて奥へ突き入れた。
「もう一回です」
「え、ちょっ……! んむむっっ!」
二回目は、ゼリーと一緒に薬ふた粒も口に含んで唇を押し当てた。
顔を傾けて舌を使って深く押し、すぐに追加のゼリーを七海さんの口腔内へ入れ込む。
「ゴックンして、ゴックンって」
「ん……っ」
喉が痛いのか、飲み込む際に眉を顰めるその様子すら可愛くてたまらない。
突然の事に膨れっ面で僕を見上げる、うるうるした七海さんの瞳の威力は凄まじかった。
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