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「飲みました?」 「おま、おまっ……」  唇をガードしてプルプルしている七海さんは、また僕に「帰れ」って言いたいみたいだ。  でも起き抜けの口移しの衝撃が勝っていて、言葉を紡げないでいる。  ここまで怒らせ、戸惑わせてしまった僕が全部悪いんだけど……、あんまり言われると僕も意地になってしまう。  絶対帰らないよ、七海さんが根負けするまで僕は諦めないよって。 「食べられないなら座薬入れましょうか」 「えぇ!? 座薬!? いい、それはいい!」 「ダメです。 お薬飲んで三時間経っても熱が引かなかったら、強制的に入れます」 「嫌だ! 絶対イヤ!」 「………僕うまいですよ? 七海さんの中はもう知っていますから。 何せ昨日、こうやって指を入れてかき回して、擦って、…」 「やめろ! 言うな! …ゴホッ、ゴホ…っ…」 「あぁ…っ、ごめんなさい。 興奮させるつもりはなかったのに」  咳込む七海さんの背中をトントンして、ゆっくり撫で上げると少し落ち着いてきた。  熱で体力を奪われた七海さんは、喉の痛みも手伝って咳をするだけでツラそうだ。  ……可哀想……。  僕がいけないんだ、こんなにツラい思いをさせてしまったのは、僕のせいなんだ。  ………僕の、…僕の、せい……? 「あの、…汗かいて体が気持ち悪いからシャワー浴びたいんだよ。 …その…裸見られたくないから、マジで帰っ…」 「体拭いてあげます」 「はぁ!? そ、それが嫌だから言ってんだけど!」 「かれこれ二回は拭いていますから、気にしないでください」 「えっ!?」  七海さんの裸体はすでに僕の頭にインプットされていて、すぐに思い起こして妄想さえも出来ちゃうっていうのに、今さら恥ずかしがって…可愛いなぁ。  本当に、男心をくすぐるのがうまいんだから。 七海さんは。 「あ、あれっ? そういや、服も違う…っ?」 「汗をかいていたので着替えました。 それは部屋着であってますか?」 「あってる、けど……」 「良かったです。 洗濯機っぽいものに脱がせた服は入れておきました。 洗濯機の使い方を調べたら、ちゃんとお洗濯しておきますね」 「洗濯機っぽいものって……。 いや、ありがと。 和彦の事は許せないけど、これはありがと」  「許せない」という単語にビクッと心が揺れた。  ……意味は違うけど、僕だって許せないよ。  七海さんの体を知ってる人、そして恋心を寄せている人がたくさん居るなんて、考え出すと拳が震えるくらい嫉妬するよ。  もっと早く七海さんと出会っていればって、昨日もずっとそんな事を考えていたんだよ。 「……僕のせいですから。 七海さんが今苦しんでるのは、僕が昨夜無理やり…」 「あぁーー! 言うな、やめて! 忘れようとしてんだから!」 「忘れちゃダメですよ。 僕と七海さんの初夜を」 「怖え…! 和彦、…お前ちょっとおかしいよ。 ちょっとどころかかなりおかしい」 「本当ですよね。 僕もそう思います。 七海さんの風邪を悪化させてしまった原因が僕だって事に、罪悪感と一緒に優越感も覚えてしまいました。 そんな僕は……明らかにおかしい」 「……………っっ」  苦しんでいる姿に胸を痛める一方、僕が七海さんを苦しめていると思うと、痛む胸がザワザワして落ち着かなかった。  でもそれは、とても良いざわめき。  常識的に考えるとおかしいんだ。 そんな事。  ───僕は狂い始めている。  ……七海さんに、狂い始めている。  元々そんなに真っ直ぐなタイプじゃないから、後藤さんにも「信じられない」って言われちゃうほど僕は情深くない。  家柄とか育ってきた環境とかは関係ないと思う。  一般的な事を知らないというのとは訳が違う、根本的なところで「佐倉和彦」は人並みじゃない。  七海さんが呆れた顔で僕を見ている姿を、平常心で見詰め返せるのも僕が「おかしい」からだ。 「七海さんに囚われた僕は、もっと普通ではなくなります」 「……今すでに充分普通じゃないと思う…」 「そう言われても何も心が動かない。 僕がこんなになった責任を取ってください。 もちろん僕も、昨夜の責任を取って僕の魂を七海さんに授けます」 「…俺に責任取れって言ってんの? 俺、襲われた方だよ? ほんと腹立つんだけど…」 「そのまま僕の事だけを考え続けてくれたらいいな」  七海さんの中の沸々とした怒りが伝わってくる。  それでも僕は笑顔を見せた。  飲みの席を、愛想笑いでやり過ごそうとしていた無に近かった七海さんを、こんなにイライラさせる事が出来てる僕ってすごいと思う。  そうやって感情をさらけ出してくれるのは嬉しいよ。  怒りの感情はやがて下火になるって、それが世の常なのは知っているから。 「そこで笑えんのが怖えって言ってんだよ! 甘ったるい優しい顔して怖え事バンバン言うな! …ゴホッ、ゴホッ、っゴホ、…っ」  熱に侵され体調が悪いはずの七海さんは、顔を真っ赤にしてシマリス顔でプンプン怒っている。  自分が可愛いって自覚…ないのかな。  キッと睨み上げてくる大きな瞳に笑みを溢しながら、咳込む七海さんの背中を擦ってあげる。 「まずは風邪を治しましょう。 そうだ、お水よりスポーツドリンクの方がいいらしいんですけど、無いから買ってきますね」 「へっ? …い、いやいいよ! 要らない!」 「戻ってきたら体を拭いてあげます。 良い子に寝ててください、すぐ戻ります」  後ろ手に玄関を閉めると、中から雄叫びが聞こえた。  ───アイツ怖え!! だって。

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