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 ふっと優しく微笑む和彦の腕に抱かれたまま、ここはホテルかと見紛うほどピカピカな内装に気が遠くなりそうだった。  和彦が「フロア」って言った意味が分かった。  ホテルと見紛うほど…というより、ここはまさしく自宅ではなくホテルだ。  なんで家にエレベーターがあるんだよ。  なんで長ーい廊下にふかふかのカーペット(絨毯っていうのか?)が敷かれてるんだよ。  所々にある高そうな調度品は何なんだ。  部屋は一体いくつあるの。  こんなに空室持て余してるなら、誰かに貸し出したらいい商売になるよ。  エレベーターの階数表示は六階まであったから、いっその事この家丸ごとホテルとして開業しちゃえばいいんだ。  俺がそんな貧乏性を脳内で発揮していると、いくつもある部屋の一つに和彦は入った。  ──だだっ広い。 俺のひとり暮らしの部屋が四つは入りそうだ。  質素で物が少ないここは寝室のようで、大きなベッドと木目調のサイドテーブル、真っ白なクローゼットが二つだけある。 「同じ並びの五つが僕の部屋です。 向かいにも同じ間取りのものがあるので、そちらを七海さんが自由に使ってください。 私物は明日中にこちらへ移してもらいます」  広いベッドに横たえてくれた和彦が、俺にサラサラした手触りの布団を掛けながらそう言った。  話が見えない。  説明もしないで、ベッドに腰掛けて俺のほっぺたを撫でるのはやめて。 「俺ここに住むなんて一言も言ってないよ」 「住むんです。 あの家に七海さんを住まわせてはおけない」 「さっきもそれ言ってたけど、どういう意味なんだよ? 俺別に危険な目に遭った事なんかないって」  ポカリを大量に買って戻ってきてすぐ、険しい顔で和彦がそんな事を言ってたのを思い出す。  どういう意味なのか分からなくて、眉を顰めて和彦を睨んだ。  するとまた、愛しげにほっぺたを撫でられて困惑する。 「七海さん。 僕は自分のした事を棚に上げていると、ちゃんと分かっています。 七海さんが僕の事を嫌いって言う気持ちも理解できる。 でも心配なんです。 放っておけないんです。 僕の事が許せないならそれでもいい。 ……と言っても、僕は七海さんを離してあげられないけど…」 「心配って、俺達昨日会ったばっかだよ。 何言ってんの」  え…? て事は、やっちゃいけない事を続々としてるって、和彦は分かってたんだ。  俺が和彦の事「嫌い」って言ってたのも、聞き流してスルーされてんのかと思ったら理解はしてくれてたらしい。  とはいえ、初対面の俺にそこまで固執する理由は「放っておけない」だけじゃ納得出来ない。  第一、和彦に心配される謂れはないはずだ。 「……不思議なんです。 なぜあんな噂が流れているのか。 その噂に振り回されて僕はあの場に行ったのに、今でも七海さんが悪魔だなんてとても信じられない。 たくさんお友達が居るのは何となく分かりましたが、それは七海さんの無意識下で相手をメロメロにしちゃうせいなんだろうなと…」 「メ、メロメロ!? メロメロって何だ!」 「七海さんは魔性の男だと噂されています。 男達をメロメロにしておいて、一切お付き合いはしない。 それは…体の関係だけ、って事ですよね」 「い、いや、体の関係って……」  な、なんだ?  ちょっと待ってよ、よくない噂が巨大な尾ひれを付けて出回ってる。  悪魔、魔性の男、そんな噂が回ってる事さえ仰天ものだったっていうのに、男達をメロメロにしてるって何だよっ。  俺はどの男とも、体の関係なんか一度たりともなかった。  俺にうつつを抜かしてた男達は軒並み諭せば納得してくれて、清い関係のままお別れする事に成功している。  ノンケがいきなり男に走ろうとするなんて、それはほんとに、飲みの席特有の雰囲気に流されてしまった一時の気の迷いでしかない。  女の子が好きなら、その気の迷いでレールから逸れちゃダメだろ、って何回言ったか知れない。  そう諭す前に確かにお持ち帰りはされてる。  されてるけど、俺は和彦に奪われた「初めて」を大事にしたかったから、本気で恋をするまではそれを守り通したかったんだ。  それなのに何で俺が遊び人…いや、男漁りしてるみたいな噂になっちゃってるんだよ……?  そりゃそんな噂流れてたら、和彦みたいに誤解して迫って来る奴も出てきそうじゃん。  ───現に、ここに思いっきり勘違いした狼が居るし。 「七海さんには、もう誰ともセックスしてほしくないんです。 なぜそんなに「友達」を増やしたいんですか? 快楽だけを求めているなら、僕が相手をします。 魂を授けるって言ったでしょう?」 「友達友達って何の話だよ! てか快楽も求めた事ないから! 大体俺は経験すら無かっ……っゴホッ、ゴホッ、…っ」  ダメだ、興奮して言い返すと咳が止まらなくなる。  大きな勘違いをしてる和彦に、それは誤解なんだって言いたかったのに。  教えてやる義理もないけど、遊び人だと勘違いされたままなのは嫌で、俺の名誉のためにも誤解を解いておきたいのに胸が苦しくて話せない。  咳込む体を起こしてくれた和彦は、俺が落ち着くまで背中を擦り続けてくれた。  しばらくして、隣の部屋と続いてるらしい扉から出て行き、戻ってきた和彦の手にはポカリと薬の袋が握られていた。

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