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「一年前、俺は七海の事が好きだって言っただろ。 俺の気持ちはあの時から何も変わってねぇんだけど」
「え、……ちょっ、……えぇ?」
こ、これはもしかして、二回目の告白をされてる…っ?
押し倒した俺の上にのしかかり、真剣な眼差しを向けてくる九条君の本心が、俺の頭をパニックに陥らせた。
友達だと思ってたのに、あれからもずっと好きだったなんて言われても……どうしたらいいんだよ…!
俺、告白されて考え直してもらうための諭しは慣れてるけど、それ以外のマジ拒否は慣れてないんだって…!
「セフレは居ないって言葉は信じるから」
「いや、いやいやいやいや、待ってよ。 無理だよ! 俺、九条君とは……」
「ポッと出のアイツが七海と寝たとかマジで考えたくねぇ。 ……噂なんかも信じない事にする。 な、だから七海、……」
見上げたすぐそこに九条君の顔があって、当然のようにゆっくりゆっくりと近付いてくる。
い、嫌だ、っ嫌───!
九条君とはキスできない───!
話を聞かない狼がここにも居た。
俺は唇を奪われないように必死で顔を背ける。
どうしよう。
強く拒否したら、もう九条君とは友達で居られなくなるかもしれない。
いや、それ以前に九条君は俺の事、友達だとは思ってなかった…?
目が回りそうな状況の中、俺の頭元のベッドが軋んだ。
それは九条君が腕を付いて体重を掛けてきたせいで、望まない口付けがあと数ミリというところまで迫る。
「───っ七海さん!!」
───刹那、玄関が勢い良く開いた事に、これほど安堵するとは思わなかった。
息を切らして戻ってきた和彦が、俺にのしかかっていた九条君をベリッと引き剥がしてくれた。
「まったく……油断も隙もない!」
……よ、良かった……。
憤る和彦と、舌打ちする九条君が睨み合ってるけど、まだ俺は心臓がバクバクしていて二人になんか構っていられない。
一年前の九条君の告白を受け入れなかった俺の心は、「この人の事は好きにならないだろうな」と直感していた。
諭して、それでも引き下がらなかった九条君の真意が今頃になって分かるなんて、ツラかった。
気軽に話せるいい友達に出会えたと、この一年でほんとにそう思っていたから…。
「いいとこで戻ってくんなよ。 帰れよ」
「何が「いいとこ」ですか! 七海さん、行きますよ。 やっぱりここに七海さんを住まわせるわけにはいきません。 スマホは持ちましたね?」
「いや、待てよ、嫌だよ! なんでお前はそんな勝手なんだ!」
「心配だと言ったでしょう。 僕がちょっと目を離した隙にもう九条さんをメロメロにして。 それに、ここに住んでいたら七海さんの身も危ないんです」
「なんで……!?」
俺の腕を掴んだ和彦は、優しげな顔が台無しになるくらい、とても険しい顔で九条君と俺を順に見た。
「さっき逃げた男は七海さんのストーカーです。 忘れられないからと言って、七海さんの部屋をピッキング解錠して侵入しようとしていました。 これが証拠です」
えぇ────っ!?
驚愕する俺に、和彦は、アイスピックによく似た細長く先の鋭い工具のような物を見せてきた。
「う、嘘………」
「はぁ? マジかよ。 七海、今まで実害は?」
「無い、無いよ! たぶん………」
和彦がやたらと「心配だ」って言ってたのは、もしかしてこの事だったのか…!?
九条君からの告白と、キスされそうになった出来事がサラッと流れてしまうほどの衝撃を受けた。
飲みの場で見た、あの気持ち悪い男の舌なめずりを思い出すと、体が小刻みに震える。
な、なんだよ、ピッキングって……。
そんな事されたら、俺が家に居る居ない関係なく侵入されてしまうって事で、もし一人で寛いでる時に出くわしていたらと思うと怖くて震えが止まらない。
クーラーの風がまとめて俺にかかってんじゃないかってくらい、体の芯から寒くなった。
そっと自身を抱き締めた俺は、ブラウンのふわふわラグに視線を落とし、いつかに溢した赤ワインの染みを見詰める。
…………和彦言ってたっけ。
俺は無意識下で人をメロメロにしてる、って。
そんな事あるはずない。
俺はただゲイだって事を隠して普通に生きてるだけ。
それなのになんで?
なんで俺が男からストーカーなんて……。
そんなに誰かをメロメロにしてるつもりは毛頭ない。
むしろそんな力があるんなら、それを最大限に活かして好きな人を探すよ。
「……七海さん、震えてる…」
「お前の事が怖いんじゃねぇの。 なんか訳アリで七海と寝たっぽいじゃん。 ストーカーも怖えけど、七海はお前の事も相当怖いんじゃね?」
「それは……」
俺の隣に腰掛けた和彦は、震える俺の肩を抱こうとして…やめた。
九条君の台詞に返す言葉がないみたいで、俺もそれは思っていた事だからいい。
でも───ほんとに、和彦だけが悪いの?
寝込みを襲ってきたのは絶対的に悪いよ。
俺にとっては特別だった「初めて」を無理やり奪った事も、何をどうされてもきっと許せない。
ただ、俺は自問した。
九条君の顔が迫ってきた時、俺は全身で拒絶していたのは何故なんだろう?
キスしてしまったら、この関係性が壊れると思った?
……友達だから嫌だった?
拒絶に値する存在は和彦の方なはずなのに、俺は──和彦からは逃げなかった(逃げられなかったんだけど)。
体が動かないからって言い訳で、おとなしくされるがままになっていた。
セックスの時、事態を把握した俺は強い苛立ちと落胆を覚えながら、それでも、葛藤するフリで広い背中に腕を回して悶えた。
……九条君と和彦は何が違うの。
同じ狼なのに、一体何が違うの。
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