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寝てしまった七海さんにそれ以上の事は出来なくて、後始末をした後バスルームでこっそり抜いた。
サイズ違いのお揃いのガウンを着せて、綺麗なシーツの上に横たえた七海さんは無防備な様ですやすやとよく寝ている。
忘れてはならないストーカー男への報復を後藤さんに連絡して託し、七海さんを抱き寄せて横になった時には、すでに外では蝉達の大合唱が始まっていた。
今日も外は順調に夏真っ盛りで、敷地内の庭園では造園業者の面々が暑さと闘いながら作業中だ。
この部屋は涼しくて快適だけれど、七海さんの体はまだ少し火照っている。
七海さんの髪を撫でて、さらさらした細腰を抱く。
起こさないようにそっと後始末が出来て良かった。 熱を出して体を拭いた際の経験が大いに役立った。
「……七海さん……」
ぐっすりと眠る寝顔を見ていると、僕のセックスはやっぱりしつこいんだって改めて思い知った。
己の欲を限界まで我慢して相手をくたびれさせるまで突き上げ、結果それがしつこ過ぎて飛ばせちゃう僕の駄目な性癖。
もっとやり方考えなきゃ。
初めてをやり直すと言いながら、僕は一度も達しないまま七海さんを夢の世界に追いやってしまった。 ……また失敗だ。
───愛しきれなかったな……ごめんなさい、七海さん……。
「ん……」
背後からぎゅっと強く抱き締めると、寝ていた七海さんが呻いてゆっくり振り向いてくる。
焦点の合わないぼんやりとした表情が可愛くて、柔らかなほっぺたにちゅ、と口付けた。
「……和彦……?」
「まだ寝てていいですよ」
「……いや……喉乾いた」
「あ、そうですよね。 持ってきます。 何がいいですか?」
「ん……お水」
「分かりました」
声を荒らげない寝惚け眼の七海さんが可愛くて可愛くて、僕はベッドから下りながら盛大に照れた。
なんでこんなに照れくさいんだろう……。
ガウンの前を直し、続き部屋の隣にある冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して握る。
「どうしよう……ドキドキが治らない……」
二度目の愛あるセックスをすれば、互いをより深く知る事が出来て照れもなくなるかと思ったのに、全然そんな事はない。
後始末をする際、七海さんの肌が僕を誘っていくつも痕を残した。
その時も心がふわふわしていて、どうしようもなく浮かれて寝顔に見入った。
「これが恋、か……」
呟いた傍からまた照れる。
ベッドでうつ伏せになった七海さんに声を掛けようとして躊躇うのは、見詰められるのが怖いからだ。
胸が苦しい、病気かもしれないって、七海さんが叫んでいた。
あれが今、そっくりそのまま僕に移っている感じ……。
「…………七海さん」
「……ん、……あ、ありがと」
「いえ、……そんな……」
眠そうな七海さんは、ペットボトルの蓋を開けるのももたついていたから、僕が代わりに開けて水を口に含んだ。
すごく照れるけれど、七海さんの上体を起こして顎を取り、唇から水を送り込む。
「んっ……」
ついでにさらりと舌を交わらせて離れると、いつものように肘辺りを持たれて……可愛くてたまらなかった。
無自覚だった時はすんなりと出来ていた口移しも、こんなに照れくさい。
七海さんの顎を取った指先が緊張で震えてしまっていたんじゃないかと思うと、格好悪くて恥ずかしかった。
「も、もう一度、要りますか?」
「……! 要らない、大丈夫……っ」
「そうですか」
……あ……七海さんも、照れている。
無意識に僕に触れていた手のひらを慌てて離し、ころんと横になってうつ伏せた七海さんの耳が色付いていた。
僕だけじゃないんだ。
七海さんも、この苦しいほどのドキドキを味わっているんだ。
ベッドサイドのテーブルにペットボトルを置いて、僕は七海さんを抱き締めながら横になる。
せっかくのお休みだから、好きなだけ寝ちゃいましょう。
そう言ってみても、腕の中の七海さんの目はパチパチと瞬きを繰り返した。
「……七海さん、寝なくて平気なんですか?」
「あ、うん……。 眠いんだけど、夢見るから」
「………………?」
「和彦が言ってた事が気になって。 さっきも、変な夢見てた」
「僕が言ってた事……? 変な夢……?」
「人間不信だって言ってただろ」
あぁ…と頷いて、僕は七海さんの顔を覗き込む。
瞬きする大きな瞳と目が合っても、七海さんはやけに落ち着いていた。
さっきまで僕達……愛し合ってた、……よね?
僕はこんなにドキドキしているのに、七海さんはそんな事ないのかな……。
初めての時とは逆で、終わりを見ないまま七海さんは意識を飛ばしたから、もしかして夢だと思ってるんじゃ……。
「あ、あの……七海さん。 その話をする前に、……その……僕とセックスしたこと覚えてま……」
「覚えてる! 覚えてるから、言うな!」
七海さんはそう言うと、肌掛け布団を頭まですっぽり被った。
なんだ……素っ気ない態度に見えたのは、七海さんの精一杯の照れ隠しだったのか。
「初めての記憶、塗り替えられなくてごめんなさい」
こんもりとなった小さな山に詫びてみると、七海さんはモソモソと動いて布団から頭だけをぴょこんと出した。
チラと僕を伺うそれがあまりにも愛くるしくて、心がキュンとする。
「……なんで謝んの?」
「いえ、だって……」
「……き、気持ち良かった。 ……俺は。 最後の方は全然覚えてないけど」
「そうですか、気持ち良かったですか……! 嬉しいです。 ……ホッとしました」
「…………うん……」
顔だけ出した七海さんを、布団の山ごと抱き締めて頬擦りした。
背中から覆い被さってしばらくスリスリしていても、嫌がられなかった。
初めての記憶を、少しでも良いものにしていきたい───それは僕の勝手な我儘だけれど、七海さんのほっぺたがピンクに染まるだけで僅かながらに希望が持てた。
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