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小さな声で「重い」と怒られるまで、僕は七海さんに覆い被さっていた。
七海さんから僕の香りがして、それだけでも異様に興奮しひっそりと湧き上がる熱を冷ますのに時間を要す。
眠れないらしい七海さんは、僕の話の続きを待っていた。
おとなしく腕に収まってはいるものの、目を閉じずに僕をジッと見上げてくる、純粋でヤンチャな瞳が何を聞きたいのかは分かっている。
「……七海さん、目渇きますよ」
「なんで人間不信なんだよ。 そうは見えない」
「………………」
……よほど気になっていたみたいだ。
僕が口火を切るとズバッと直球で返してきた。
七海さんは、恋に関しては純粋そのものでも、その他は僕よりよく知っていると思う。
話してみてもいいけれど、くだらない、と呆れられないかすごく不安だった。
誰にも話した事がないから。
打ち明ける相手も居なければ、打ち明けたところでどうなるものでもないと、固定観念だけはしっかりしていた。
「ねぇ、なんで?」
「うっ……可愛い」
「話逸らすなよ。 俺は別に可愛くない」
「いや可愛いですよ。 ……そうだ。 眠れないなら、お話しがてらリリくんを紹介しましょうか」
僕は、自分の事を話すだけなのに、臆病だった。
まだ七海さんにリリくんを紹介してなかった事を思い出して、彼に力を借りる事にする。
七海さんの視線が僕に刺さる度に胸が苦しくなって、「好き」って言葉を垂れ流してしまいそうになるから……二人きりの空間で打ち明けるより心強い。
「リリくん? 誰?」
「シマリスです」
「えっ! シマリス飼ってたんだ!」
「はい。 少し体調崩してて念の為に病院併設のペットホテルに二週間ほど居たんですが、昨日帰ってきました。 動物の毛などのアレルギーはありますか?」
「ううん、特にないよ! 体調崩してたって大丈夫なのか? 風邪? シマリスも風邪ひくの?」
「……動物好きなんですか?」
手を繋いで奥の部屋まで連れて行くと、七海さんは意外なほどリリくんに興味津々だった。
無邪気な反応に自然と頬が緩む。
ついに、七海さんとリリくんが並ぶ姿を見る事が出来ると思うと僕もワクワクした。
「うん。 俺ん家も実家で犬と猫飼ってるし」
「そうなんですか。 いつかお会いしたいですね」
「えっ、あ、……うん、いつかな」
七海さんの事は何でも知ってると思っていたけれど、実家でのペット事情まではさすがに知らなかった。
動物好き、というだけで七海さんにさらなる親近感が湧く。
何故かほっぺたを赤くした七海さんに、僕を見付けてゲージの中ではしゃぐリリくんを紹介した。
「七海さん、リリくんです」
「わ、わあっ、……可愛い……! リスだ!」
「抱っこしてみますか?」
「え! い、いいのっ? 触れるかな!?」
「最初は逃げちゃうかもしれないですが、毎日会っていれば慣れますよ。 ……おいで、リリくん」
眠気が飛んだ七海さんは、ゲージに入れた手のひらから腕を走り抜けて僕の肩に飛び乗ったリリくんに釘付けだった。
嬉しいな。 リリくんを誰かと愛でる日がくるとは思わなかった。
しかも、シマリス似の七海さんは初対面のリリくんに触りたそうに目の前でウズウズしている。
七海さんの言った通り風邪気味だったリリくんは、ちょうど七海さんがこの家に来た日からペットホテル住まいだった。
元気いっぱいになって帰ってきてくれたリリくんは、僕の両肩を行ったり来たりして喜びを表している。
「可愛い……! めちゃくちゃ慣れてるな!」
「そうなんです。 僕あんまりお世話してあげられていないのに、すごく懐いてくれています」
「へぇ……! 毎日会ってれば俺の肩にも乗ってくれるようになる?」
「はい。 きっと」
「そっかぁ。 俺、この家出なきゃって思ってたけど、出にくくなっちゃったなぁ……」
「え!? なんで……っ。 あ、リリくんごめんねっ」
僕が大きな声を出したから、驚いたリリくんは体を伝って床に下りて部屋んぽを堪能し始めた。
だって……七海さんが急に「この家出なきゃ」なんて言うから……。
「七海さん、自宅に戻るつもりなんですか?」
「まぁ……。 ずっとここに居たら迷惑だろ」
「そんな事ないです。 僕の事が嫌じゃないのなら、いつまでも居てください」
「……でも……」
僕達はようやく「恋」を自覚したばかりなんだから、もっともっと同じ時を過ごさなきゃいけない。
七海さんの奥ゆかしさは尊重したいけれど、とてもそれには頷けない。 頷きたくない。
もうあのお家は引き払ってしまおうかとすら考えてしまう。
僕が居るのにひとり暮らしをさせる事も気が進まないし、いつ何時別のストーカーが現れるかも分からないのに、帰せるはずがないよ。
それに……ありのままの僕を受け入れてくれる人は、七海さん以外に居ない。
変だ、おかしい、って面と向かって言ってくれる七海さんが傍に居てくれないと、僕はまたひとりぼっちになる。 そんなの……寂しいよ。
「七海さん、……僕は変ですか」
「えぇ? なんだよ急に」
二人掛けソファに七海さんと腰掛けて、部屋んぽを楽しむリリくんを眺めながら僕は呟いた。
「……変だよ。 変わってる」
僕の問いに最初は戸惑った七海さんも、悩む事なくすぐにそう返してくれて「やっぱり」と笑みが溢れた。
それを言ってくれる人が周りに居なかった。
初めて会った日から、七海さんは僕を罵った。 ──それは僕が悪いんだけれど。
「嬉しいです」
「え、……和彦はMなの?」
「ふふっ……。 そうじゃないです。 僕には本心で話せる人が居ません。 人並みじゃないんです、僕は」
「人並みじゃない? ……人並みってそんな大事なこと?」
「……え……?」
七海さんが、さらりと不思議な事を言った。
長年凍結していた心に刺さった、七海さんの問い。
見詰め合った先の純粋な瞳に、無表情の僕が映っていた。
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