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バッティング ─和彦─
物心付いた頃から、僕は人とは違うと周りから教え込まれた。
周りというのは、親族や両親の側近達だ。
家柄に似つかわしく、僕自身も並みで居ては駄目だと。
理解するに至るまでかなり時間は掛かった。
怒られる事はないけれど、なんとなく、お利口さんにしておいた方がいいのかなと、教育係としてやって来た後藤さんの手を焼かせないよう気を付けていた。
一人じゃ騒ぎようもないし、両親の後ろ姿を見る事が多かったからか、「忙しそうだから大人を煩わせないようにしよう」と甘える事も知らずにそう心掛けていた。
幼稚園から高校までエスカレーター式の私立学校に通っていた僕は、周囲もそこそこの家柄の者達が集まっているはずなのに、浮いていた。
よく分からなかった。
みんなの笑顔が嘘っぱちだった意味が。
僕を本当の友達だとは思っていない。
幼心に周囲の明らかな壁を感じ、僕の一言一言に大袈裟に反応しては愛想笑いをされる。
傷付いた原因となる最大の出来事に蓋をした僕は塞ぎ込み、あらゆる知識を身につけるためにたくさん机に向かわせられ、さらに孤立していった。
ただし幼さの残る中学生のうちまでは、まだ良かった。
高校生にもなると男女の性の区別がハッキリしてきて、さらに面倒くさかった。
女の子達の僕を見る目と、それをやっかみつつの男の子達の上辺の笑顔と言葉。
本音を言わないでツラくないのかな、と何度もその笑顔を見ながら思っていた。
僕はツラかった。
誰も僕自身を理解しようとしない。
みんな、見た目と家柄が僕のすべてだと思っている。
───ずっと一人で居たんだから、このままでいいや。
そうして周囲を見限った僕は、大学に入学するまで一度も笑う事は無かった。
「和彦はお坊っちゃまなんだろ。 すでにそれだけで人並みじゃないじゃん。 こんなお城だかホテルだかみたいなとこに住んでる時点で、普通にはなれないとこに居る」
七海さんはそう言うと、僕の目を見て美しい笑顔を見せた。
愛想笑いではない、花のように美々しいそれに見入ってしまい、僕はさぞ呆けた顔をしていたに違いない。
「変でいいじゃん。 それが和彦なんだから。 人間不信って言うくらいだから、昔それでいじめられたりしたとか?」
「……い、いえ、いじめられたりは……」
「じゃあなんで? 人間嫌い?」
「あの……僕は変人なだけで、宇宙人ではないんですけど……」
「分かってるよ。 そういう意味じゃなくて。 周りと接したくないって事だろ? それは昔からなの?」
子どもみたいな僕の発言にも、七海さんは笑顔を混じえて真剣に聞いてくれた。
呆れられるなんてとんでもなく、何故僕がそうなったかを知りたがっている。
僕の目を見詰めて、僕を知ろうとしてくれている───。
「はい。 ……僕はこういう家に住んでいますし、外見もいいですから、近付いてくる人はいるんです。 でも嫌だったんです。 そういう人達はみんな、媚びて愛想笑いをする」
「……外見を自分で褒めてる奴初めて見た」
「あ……すみません」
「そういうとこ、面白いけどな。 和彦の良さを分かんない奴ばっかりだったんだなぁ。 人と接するのが嫌だって、結構根が深いと思うよ」
「………………」
僕の膝に飛び乗ってきたリリくんに、七海さんは人差し指を動かして誘った。
七海さんとは初対面のはずなのに、リリくんはその人差し指に顔を近付けてにおいを嗅ぐ。
まだ撫でさせてはくれないみたいだけど、シマリスは警戒心の強い生き物だから仕方ない。
こうして触れ合おうとしてくれるのが七海さんだという事が、僕には重要だった。
「でも全然気付かなかった。 人間不信ってほどでもないんじゃない? ちゃんと喋れてるよな?」
「僕、大学では占部さんとしか会話しませんよ。 あとの方々は挨拶程度です」
「え!? 和彦の周りに俺とタメの人いっぱい居たような……」
「僕を追い掛けていた時に見たんですか?」
「あっ……! う、うん、……っ」
「可愛いですね。 物陰からこっそり僕を見ている七海さんを想像すると、キュンキュンします」
「は、話が逸れてるぞ! いいじゃんっ、俺が覗いてた話は!」
「気付いた」七海さんは目に見えてあたふたして、リリくんを視線で追い掛けるフリでほっぺたを真っ赤に染め、終いにはむくれた。
近頃こんな風に色々な感情を見せてくれる七海さんは、どこまでも僕を虜にする。
想像以上に、七海さんは僕の知らない顔をたくさん持っていた。
どんどん魅力的になってきて困る。
魔性の男という異名は誰が付けたのか知らないけれど、まさにその通りだ。
僕を受け入れた懐の深さといい、 純粋過ぎる内面といい、僕にはない気配りや優しさといい、好きなところしか見当たらない。
七海さんは素敵だ。
こんなに臆病で我儘な僕に、本当の笑顔を見せてくれた。
不意打ちのあれは、よくない。
せっかく落ち着いてきていた胸のドキドキが、また再燃してしまう。
照れてそっぽを向いた横顔がたまらなく好きだ。
僕が人並み外れているところは、人間性だけじゃなかった。
七海さんを想う気持ちが、もはや桁違いに溢れている。
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