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 七海さんは、手首の痣を僕に隠そうとしていた。  夕食の席でも常にガウンの袖を引っ張って見えなくしようとしていて、それは僕に見せなくするための優しさなのか、思い出すとイライラするから七海さんが見たくないだけなのか、どっちだか分からなかった。  ふっと頭をよぎるのは、七海さんがこれまで参加していた合コンでの愛想笑い。  僕と出会う前、四十九人もの男達を次々と持ち帰った七海さんの心中を思うと歯痒くて、思わず眉を顰めてしまうほど切なくなる。  もっと早くに出会い、二人で恋を始めていれば、七海さんは理想を追い求め続けずに済んだ。  ───これから取り戻すけれど。 七海さんと過ごす時間は一秒たりとも無駄にしない。  いつもの就寝時間をとうに越えた七海さんは睡魔に襲われていて、よろめきながら洗面台で歯磨きをしていた。  小さな七海さんの目線は、僕の背丈のちょうど胸元辺り。 「七海さん、抱いて行きましょうか?」 「……ん……いや、いい。 大丈夫」  僕に寄りかかる七海さんはとても大丈夫そうに見えなかったけれど、よたよた歩くその姿が可愛くてちょっとだけ後ろから見入ってしまった。 「何してんの、早く寝よ」  ……声まで眠そうだ。  扉に凭れて僕を振り返ってきた七海さんはひどく儚げで、小さいからとか華奢だからとかそんな見てくれの話だけではない、内から沸き立つ愛おしさで僕の胸はいっぱいになった。  知らなかったこの温かい感情こそが恋だと、僕はもう知っている。  感情に流されて、痣や痕を残した僕を「おかしい」と一括りにして許してくれる、優しくて朗らかでちょっと普通じゃない七海さんが大好き。  明るく染められたふわふわな髪を撫でて、それから少しだけ両腕を広げてみる。  すると七海さんは、寝ぼけ眼で迷い無く僕の胸に体を預け、背中に腕を回してくれた。  可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、僕の胸に収まった七海さんを力の限り抱き締めてしまう。  物音一つしない室内の灯りは全部消している。  それなのに、目の前は眩しいくらいに明るかった。  愛おしい者を抱き締めて、抱き締め返してもらえるだけで、何もかもどうでもいいと思えるなんて凄い事だ。  僕はもう、七海さんが居れば何も要らない。 ……何も───。 「和彦、痛い……苦しい」 「あ……またやっちゃった。 七海さんがあんまりにも可愛くてつい」 「……可愛くないって言ってんのに」 「僕の七海さんにそんな事言わないで下さい」 「俺の七海だってば。 ……ん? 俺が七海なのに、俺の七海? 変なの」  何の疑問も持たずに僕のベッドに横になってくれた七海さんは、眠くてたまらないようでクスクス笑いつつもずっと瞳を瞑っている。  うつ伏せ寝が好きなのは知っているけれど、そうなると僕が寂しいから、強引に横向きにして後ろから羽交い締めにした。  さらさらと触り心地の良いシルクガウン越しに七海さんの腕を擦っていると、ついつい腰のくびれに手のひらは移っていく。  お尻の丸みから腰のくびれまでをしばらく撫でていたら、否応なしに僕の下半身が反応してきた。 「もうー寝ーるー」  勃ってしまった己をぷりんとしたお尻に押しあてて、こっそり割れ目を目指しながら、ダメで元々だと七海さんの性器に触れてみようとしたけれど……やっぱり拒否された。  前の方に移動しかけた手のひらをやんわりと払われて、お尻を撫で回すに留める。  ……うん、……さっき二回もしたんだから今日は我慢だ。  いつ何時でも後悔に沈むべき「初めて」の記憶と経験を、七海さんの意識あるうちに少しは塗り替える事が出来たのなら、それだけで満足だ。 ……と、自分に言い聞かせておく。 「和彦って絶倫なの」 「いや……そうでもないと思うんですが。 七海さんには底無しみたいです」 「……またそれも謙遜だな」 「謙遜? 何の話ですか?」 「〜〜なんでもないっ」  プン、と怒って小さな体を丸めたせいで、布越しに僕の性器がダイレクトに触れてしまい、慌てて元の位置に戻ってきた可愛い七海さん。  僕の左腕にきちんと頭を乗せて、やれやれと溜め息を吐いている。  ……謙遜なんて、いつ何についてしたっけ。  僕、そんな事出来ないけどな。 「……七海さん。 眠いならジッとしないといけませんよ。 足の先がずっとぴょこぴょこ動いています」 「ん〜……これ寝る前は必ず無意識にやってるんだよ。 鬱陶しいなら俺向こうで寝るよ、睡眠邪魔したくないし」 「えっ? いやだ! ダメですっ。 そんな可愛い癖があるなら教えておいてくださいよ。 落ち着かないのかなって思っちゃいました」 「落ち着くか落ち着かないかで言ったら、落ち着かないよ」 「えー……そんなぁ……」 「……さっきまでゴニョゴニョしてたとこで落ち着けるはずないだろ」 「…………っっ!」  ───っ可愛い! 可愛い! 七海さんはどうしてこんなに僕をキュンッとさせるのが上手なの!?  やっぱり小悪魔ちゃんなのかな!?  息苦しくなるくらい心臓を鷲掴みにされた僕は、七海さんの頭から尖ったツノが生えてないか探してみたけど、もちろんそんなものは無かった。 「そういえば……さっき言ってた四十九人ってどこから算出されたわけ……? 夕飯のあとに教えてくれるって言ってたよな……、んっ」  振り向いて間近に見上げてくる小悪魔ちゃんは、僕のドキドキが治まるのをちっとも待ってくれない。  睡魔と闘う蕩けた瞳と唇が、可愛く無意識に僕を誘う。  舌で唇をなぞった僕は、躊躇なく恋人の特権を使った。

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