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究明 ─和彦─
キスをすると照れてこちらを向いてくれなくなったけれど、後ろから抱き締めさせてはくれる。
でも足を絡ませるのはダメなんだって。
ぴょこぴょこ出来ないから。
七海さんと眠る事が出来て浮かれていたから、こんなに可愛い癖がある事にこの二日気付かなかったなんて……勿体無い。
同じ匂いを纏って横になる七海さんの頭を撫でていると、一向に落ち着かない下半身の熱と理性が脳内で必死に戦っていた。
「俺寝落ちしそうだから……早く教えて」
気になってしょうがないみたいで、足先をぴょこ、と動かしながらも眠そうな声が腕の中から聞こえてくる。
七海さんの性格上、寝ちゃいそうならその話は明日にしませんか、と言っても無駄だ。
しつこく七海さんを付け狙い、なかなか言う事を聞かないせいで僕の逆鱗に触れた冴えない男を思い浮かべる。
「……七海さんのストーカーにちょっとだけ揺さぶりかけたら、芋づる式に……」
「芋づる式に? どういう事?」
「七海さんの良からぬ噂、あったでしょう? あれはあのストーカー男が火種で、四十九人は意図せず広めてしまった側のようなんです」
「えっ……!?」
「学部がバラバラの者達が四十九人も居れば、広まるのはあっという間です。 聞いたところによると、噂自体はここ二ヶ月以内に広まった新しいものなんですよ」
「……そ、そんな事って……」
あれから僕は、後藤さんとは別の運転手を呼び、ストーカー男と場所を移動した。
彼が最も嫌がるであろう彼の実家に上がり込んで追及した結果、七海さんの噂を広めようとした自覚があった事を彼は白状した。
七海さんに好意がありそうだと踏んだ者らと会話をし、「〜らしい」という助動詞を付けて、次々と。
それがいつか七海さんに届き、「そんな噂が流れているならもう合コンには行けない」と、七海さんに思わせる事が狙いだったんだ。
妙な噂を立てられていると分かれば合コンに行かなくなる、
出会いのチャンスが無くなれば、七海さんが誰かと付き合う可能性は低くなる、
そうなれば、ずっと七海さんを見詰めている自分に気付いてくれる日が早まるだろう。
ストーカー男はやる事の度を越してはいたけれど、どうしてもそれを咎められない僕の過ちが頭をよぎった。
七海さんは僕を選んでくれたのだから、彼には改心してほしいと再三言っても聞いてくれなかった。
だから、彼は遠ざけるしかない。
名前が上がったのを機に、今日中に片付けたかった僕は、同じく噂を「意図せず」広めた四十九人のうちの何人かとも少しずつ話をしたから、帰宅が遅くなったわけなんだけれど……。
彼らの思いはストーカー男とは少しだけ様相が違った。
七海さんの「魔性」をまざまざと思い知った、僕の不安を駆り立てた要因がそこにある。
「……七海さんは、持ち帰った彼らを諭していたと言っていましたが、そうじゃなかったんですよ。 逆に彼らの心に小さな炎を灯してしまっていたんです」
「………………??」
「話を聞いた限り、彼らは七海さんとの二次会ではそれほどお酒を飲まなかったと言っていました」
「………………??」
「僕も最初はその意味が分からなかったんです。 でも推測される事が二つあります」
「……二つ?」
話をした者達が口々に言っていたのは、「俺は男が好きなわけじゃない」。
僕もそうだった。
でもどうしてか気になる。 頭から離れない。
───彼らはそこで思いを留めて一歩を踏み出さなかったけれど、僕は違った。
知らず知らずのうちに男を魅了してしまう、可愛い小悪魔な七海さんをギュッと抱く。
「酔っ払ったままで話していたくない子だ」
「………………」
「勢いで抱いて、本気になったらどうしよう」
「いや……俺に声かけてきたの、みんなノンケだったよ? しかも俺……女の子じゃないんだけど」
「そうですね。 だからこそ彼らはその後七海さんに近付かなかったんだと思います。 素面の状態で七海さんに会ってどうなるか、……分からなかった。 あの噂は、広まったというより、単に七海さんの話を構内でしていただけです。 同士が確かめ合っていた、という方が正しいかな」
彼らは、七海さんに抱いた妙な気持ちは「おかしい」のではないかと、自身の性癖に悩み始めていたのかもしれない。
その気持ちはよく分かる。
七海さんは女の子以上にとってもとっても可愛いけれど、れっきとした男の子だ。
それなのにこんなに忘れられないなんてと、同じ気持ちを抱いた者達が互いに同調し合っていた。
そして、その噂を耳にした全く関係ない者が噂に尾ひれを付け、どんどん拡散されていった───。
僕は今の所、そう結論付けている。
「ストーカーの彼はご家族諸とも明日には県外へお引っ越ししてもらう手筈になっていますので、安心してくださいね。 噂の根も絶やしましたし、大学内では僕が可能な限り七海さんの傍に居ます。 あ、そうそう。 コンビニのバイトは辞めますと店長さんに言っておきました。 代わりの人材は、噂を広めた男達の中から誠実そうな方を二名ピックアップして派遣しましたから、心配なさらず。 七海さんは来週から僕と本社勤務です。 嬉しいな……七海さんと四六時中一緒に居られるなんて……」
「………………」
「……七海さん? ……寝てる……どこまで聞いてたのかな……?」
規則正しい寝息を立てている七海さんの足先は、僕が絡ませてもジッと動かない。
ふわふわした金髪と小柄な体躯が視界を犯し、僕に向けられた小さくて可愛いお尻が理性を犯す。
あぁ……今夜は眠れないかもしれないな……。
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