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 俺と和彦は、九条君そっちのけで終始あれやこれやと言い合いをしていた記憶しかない。 「お前らほんとに何なんだよ。 俺は何か? イチャついてんのを見せつけられるためにここに居んのか?」  と、呆れ混じりに芋焼酎の水割りを飲んで、そして盛大に溜め息を吐いて帰って行った。  結局、九条君は俺の泥酔の原因を店の者に認めさせるための取調べを行って、それからはひたすら、おかしなカップルのおかしなやり取りを見せ付けられただけとなった。  せっかく真実を明らかにしてくれたのに、和彦がとんちんかんな事ばっかり言うから俺はその対応で手一杯だったんだ。  ごめん、九条君……。 あとで謝罪のメッセージを送っておこう。  ただ、一つホッとした事がある。  手首の痣のインパクトは絶大で、なぜ俺の泥酔の原因と和彦とが関係あるのかという部分には触れてこなかったから、そこは一安心だ。  SかMかという性癖の話になり、和彦はほんのちょっとだけその気があると大暴露をかまして俺を驚かせただけじゃなく、「実は俺も」と同調した九条君にもギョッとなった。  強烈な痛みを与えるのはよくないけど、パチンとお尻を叩くくらいなら相手にもそれが良い刺激となる。 ……らしい。  好きだって言ってくれた二人ともがそうだと知って、俺は一人でソワソワしたよ。  まぁ、二人のその暴露のおかげで風邪薬云々の話をしなくて良かったから、いいとしよう。  誰にだって秘めた性癖の一つや二つはある……と思っておかないと、俺の身がもたないって───。  和彦は、自分が悪いと思った事は素直に認めて受け止めていて、和彦なりの理由もちゃんとある。  それが当たり前だと思い込んでるところは厄介だけど、考えナシに感情のまま動くのは決して悪い事じゃない。  相手が俺だったら尚更そうだ。  でもな、聞かれたからって馬鹿正直に打ち明けてしまう妙な潔さはちょっと困るよ。  さっきだって、俺は和彦のために隠そうとしてたのに「僕が縛りました」なんて、堂々と言い放ってたもんな……。 「……七海さん、ぎゅってしてください」  もはや見慣れた和彦の部屋に帰ってくるなり、俺は一回り大きな体から完全に包囲された。  「七海さん」と呼ぶ声が、早く抱き締めてと急かしている。  ……恥ずかしいけど、誰も見てないから……いいよ。 「…………ん」  じわじわと和彦の背中に頼りない我が腕を回すと、俺を抱いてる逞しい腕に力が入った。  室内は適温に保たれていて涼しくて、長袖でも気にならないくらい快適なのに瞬間的に俺達の周りだけ熱を持ったような気がする。 「居酒屋の匂いだー」 「和彦もな」  何だか、じゃれてくる大型犬と遊んであげてるみたいな感覚に陥った。  ほっぺたを擦り合わせて、力いっぱい抱き締めてくる和彦のシャツがくしゃくしゃになるほど、俺達は時間も忘れて「ぎゅっ」をしていた。 「これ、あと何日残るんでしょうか」  和彦が俺の腕を取り、手首を擦る。  痣と言っても大した事はない。  でも分かる人には分かるだろう痕の付き方で、痣というより擦れ痕と言った方が正しい。  今にもこの痣を正当化しそうな和彦は、いずれ消えてしまう嫉妬の証に残念そうだ。 「さぁな。 和彦はいつもワイシャツだから慣れてるんだろうけど、俺は今日一日でうんざりだよ。 ……もうああいうのはやめろよ? 許すのは今回だけだからな?」 「僕が言った事をすべて守ってくれるなら、二度としないと誓います」 「それさっき言ってたやつだろ? ……覚えてない」 「僕の事が好きなら、覚えていなくても条件を満たします」 「不安だからリストアップしといて」 「手書きで、ですか?」 「任せるよ!」  このやろーっ。 和彦の短所を書きなぐった、例の手書きがそんなに可笑しかった?  クスクス笑う和彦の視線が柔らかくて、とても優しい笑顔だ。  ……うっかり見惚れてしまいそうだった。 「ふふっ……。 七海さん、お風呂入りましょう」  居酒屋に居たら色んな匂い付いちゃうもんな。  個室だったのに、ほのかに他所のタバコの煙のにおいまで付いてて不快だ。  お風呂大賛成。 「うん、分かった。 もうこんな時間だし、読書は明日だな。 じゃあまた後で……」 「ちょっ、どこに行くんですか!」 「俺の部屋」 「ご冗談を。 僕と一緒にこっちのお風呂に入るんですよ。 ──七海さんの中、洗ってみたいんです」  腕を掴まれて再び和彦の胸に収まると、耳元でいやらしく囁かれた。  百歩譲って和彦の部屋のお風呂に入るのはいい。 一緒に入るっていうのも譲歩してやる。  だけど、だけど、和彦はニコニコで俺の大事な孔を狙っている。 「…………っ!?! や、やだよっ、中洗うのは自分で……って、またするの!?」 「もちろんです」 「待って待って待って……! 俺、疲れてるんだよなぁ〜寝落ちしちゃうかもなぁ〜」 「構いませんよ。 何度落ちても揺さぶって起こします。 疲れているなら、僕が元気を分けてあげます」  エッチして元気になるのは攻の和彦だけだろー!?  腰を振り過ぎて痛いなんて言いながら、スッキリした表情で「もう寝るの?」と問い掛けてくる姿が、簡単に想像がつく。  起きていて下さいと言われてから、極力頑張って意識を保とうとしているつもりだけど、射精したらどうしても全身の疲労感がすごいんだよ。  一日にそう何度もしていいもんじゃないって。  連れ込まれたバスルームのバスタブにはすでにお湯がはられていて、薄いピンク色したローズ系の香りの入浴剤まで入っていた。  脱衣所にまで漂うこの良い香りに包まれて、今日は健全に汗を流すだけにしようよ。  説得しようと和彦を振り返ると、もう裸になっていた。  「いやいや、もっと疲れるよな? 昨日の夜して、朝もして、また夜もするの? やり過ぎじゃない? ……あっ、ちょっ……おい! 勝手に脱がすんじゃない!」 「はい、バンザイして下さい。 そうだなぁ、……ソープ洗浄にしましょうか。 洗えて、ほぐせて、一石二鳥ですから。 僕に任せてくださいね」 「わぁっ、もう、マジで言ってんのーっ?」 「七海さんが自分で洗ってるところも見たいんですが……今日は僕がします。 させてください」  全裸で抱き合えば俺が誤魔化されるとでも思ってんのかっ。  俺の意見を無視し始めた和彦は、低めで、甘ったるくて、優しくて、腰にくる声を最大限に活かした。  この声が超〜〜〜好みな俺は、見事に誤魔化された。

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