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言葉は刃。
刃と言うだけあって、それはとても鋭利だったに違いない。
心に刺さって抜けないほど、成長した今も尚その刃に苦しめられているほど、和彦の人格を変えてしまうほどの、言葉の刃。
これは和彦にだけ言える事じゃない。
歳を重ねるごとに、俺達人間は他人を口撃してしまう事があるはずだ。
相手を傷付けている事も気付かないで、……いや気付いてる場合もあんのかな。 でもそれは「イジメ」ってやつになるのか。
和彦はそういうのではないと言ってたけど、やっぱり言えなかったんだ。
俺だからじゃなく、誰にも言うつもりはなかったんだと思う。
傷付いた事も、傷付けられた事も、それが元で他人が嫌になってしまった事も、全部和彦はその心に封じ込めた。
押し殺して生きていこうとしてたんだ……自分には欠けたものがたくさんあるって薄々気が付いていながら、過去の刃が心を蝕んでるから「変」なままなんだ。
───俺、……謝らなきゃ。
俺もいっぱい和彦に言葉の刃を向けてしまったから。
和彦はあんなに、俺の「初めて」を奪った事を後悔して打ちのめされて、何度も何度も謝罪してくれたのに、俺は何一つ和彦に気持ちを返してあげてないよ。
こんな俺のどこが優しいんだ。
「……そのお気持ちを、和彦様本人に伝えてあげてください。 私、後藤の独白はお役に立ちましたでしょうか」
今度は俺が後悔に沈む番で、せっかく買ってくれたコーヒーになかなか口を付けられないでいると、後藤さんが運転席から振り返って優しく笑んでくれた。
ほんとに、和彦のお目付け役はお節介焼きだ。
男同士なのに何でそんなに寛大で居られるのって不思議でたまらなかったけど、よく分かった。
多忙な両親よりも、小さい頃から面倒を見てる後藤さんが一番、和彦の幸せを願ってるんだ。
「……はい、すっごく。 和彦はやっぱ優しいですね。 ヘタレですけど、根が優し過ぎてめちゃくちゃ傷付きやすいんだなって……とりあえず、そういう風に捉えました。 後藤さん、いつの間にか独白じゃなくなりましたね。 すみません」
「人間らしく喜怒哀楽を見せている、あのように表情豊かな和彦様を十数年ぶりに拝見出来ているのは、なんと言っても七海様のおかげでございます。 この先何があろうとも、後藤はお二人の味方です。 ──ありがとうございます」
「えぇ……っ、そんな、お礼を言われるほどの事なんて俺……っ」
───言いかけて気付いた。
俺達の間に起こったすべての出来事を知っていそうな後藤さんの、「ありがとう」の意味。 それは、和彦を許してくれて、受け入れてくれて、「ありがとう」。
もしかすると、そういう意味だったのかもしれない。
穏やかに微笑む後藤さんは、それからしばらく無口になった。 さらさらっとタブレットを操作して黙られちゃうと、俺も話し掛けにくくてずっと窓の外を見ていた。
ちょっと温くなったコーヒーを飲み干して、和彦が戻ってくるのを待ち遠しく感じながらスマホで時間を確認する。
二時間くらいで抜けてきますので一緒に遅い夕飯を食べましょう、って言ってたから、そろそろ戻ってきてもいい頃だ。
待っていてくれますかって手をギュッと握られた感触が、もう恋しい。
俺をひとりぼっちにして留守番させたあの日みたいに、何だか今、無性に寂しい。
話をしたいよ。
和彦の事、もっとよく知りたい。
俺達が分かり合えたら、セクハラと不正の件もスムーズに解決出来そうな気がするんだ。
松田さんは、誰にも言えずに苦しんでる。 誰かが当たり前のように不正を働いている。
そんなもの、見過ごせない。
……と、和彦も俺が思ってた事と同じ思いを持ってくれて、どれだけ心強かったか。
すぐ一人の世界に入って病んでいく困った男だけど、俺と出会った事で這い上がろうとしてくれてるのなら、何だって協力する。
照れくさいし、恥ずかしいし、めちゃくちゃ勇気が居るけど、和彦が喜んでくれるなら「好き」って言葉もちゃんと言う。
俺ばっか貰っててもダメだよな。
たった二時間離れてるだけで今こんなに恋しくて寂しい。 どんな言葉の刃だったのかなんて聞かないから、傷付いたままなんだって事を俺に打ち明けてほしい。
どうせなら、弱さは全部曝け出してもらわないと気が済まないよ。 受け止めたいんだから。 俺なら受け止められるんだから。
……この気持ちを素直に言えば、いいのかな。
「おや、戻られましたね」
「───っっ!」
後藤さんの声にドキッとして、スマホに落ちてた視線を窓の外に向けてみる。
和彦が……戻って来た。
どうしよう。
どうしよう。
「分かんない」時以上に、胸が苦しいよ。
腕時計を見ながらこちらへ歩んでくる和彦の背後に、キラキラした光の幻覚が見えた。
早く声が聞きたいのに、手を繋ぎたいのに、和彦がドアに手を掛けたと同時に俺は、車内からロックを掛けた。
───恋をすると、突拍子もない事をしちゃうんだな……。
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