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和彦を閉め出すつもりはなかったんだよ。
ドアの向こうから「えっ?えっ?」と困惑する和彦を見て、俺は少しも笑えなかった。
ドキドキして息が苦しくなる、例のアレが急に俺に襲い掛かってきたから、今和彦が隣に座ったら、気絶しちゃうんじゃないかと思ったんだ。
大袈裟じゃなく。
察しのいい後藤さんは、俺の表情とか顔色で全部見透かしてたみたいで我慢出来ずに吹き出してたけど……。
「ひどいじゃないですかっ。 鍵掛けるなんて」
「ご、ごめん……俺もなんであんな事したのか……」
自宅で遅い夕飯を食べて(和彦は半量だった)、別々でシャワーを浴びて(和彦は膨れてたけど)、サイズ違いのお揃いのシルクガウンを着て(和彦は黒、俺は白だ)、ベッドの上に落ち着いてすぐ。
和彦は今の今までこの当然の文句を我慢していたらしく、ほんのり濡れた前髪の向こうの瞳を揺らして俺を見詰めてきた。
「もう……ヒヤヒヤしたんですよ? 待たせ過ぎてしまったから、……嫌われてしまったのかと……」
「そんな事で嫌いになるかよ! ごめんってばっ」
「どうして閉めたんですか? お腹空いてイライラしちゃってたとか?」
「俺は子どもか!」
あーっ、しまった、そういう事にしとけば良かった……!
俺の謎の行動に、和彦が不安や疑問を覚えるくらいなら素直に言ってしまえばいいのに、どうしても和彦の背後に見えるキラキラが気になって言えないんだ。
少しずつ、少しずつ、和彦と付き合ってるって実感を抱いていこうと思ってたのに……何なんだよ、恋ってやつは。
「んー……でも、嫌いになったわけでもない、怒ってもない、としたら後は……」
「あのさ、そこ突き詰めなくてもよくない? リリくんの部屋んぽの日だろ、早く行ってあげよ」
「今日は僕が食事会でしたから、使用人の安倍さんが部屋んぽしてくれています。 あとでおやすみの挨拶には行きますから、もう少しだけここでお話しましょう」
「あ、占部のお父さんの事な?」
「違いますよ。 ……いや、違いませんけど、その前に七海さんが僕を閉め出した件についてをじっくりお話したい」
「───分かった」
やっぱ閉め出されたと思ってんだな…って、そりゃそうだよな。
ほんとは今頃、社内の闇案件についてを語り合ってたところなのに、俺がやらかしちゃったからこんな追及にあってるわけで……。
けど、どう言えばいいんだよ。
和彦見てたらドキドキしてどうしようもなくて、手が勝手に動いたんだ!……と言って果たして納得してもらえるのかな。
ベッドサイドに腰掛けて、手遊びしながら真剣に言葉を選んでいた俺を、そろりと近寄ってきた和彦が柔らかく抱き締めてくる。
「七海さん……会いたかったです」
「二時間離れてただけだよ」
「その二時間が僕には永遠のように感じるんです。 お酒もほとんど飲みませんでした。 褒めてください」
「え、なんで褒めるんだよ」
「七海さんを素面で抱き締めたかったので、奨められても断りました。 頑張りました」
「……そっか。 よしよし」
なんだよ、なんだよ、嬉しいんだけど。
流されがちな和彦がノーと言えたきっかけが、俺を抱き締めたかったからなんて、嬉し過ぎるんだけど。
腕を伸ばして照れ隠しにポンポンと頭を撫でてやると、和彦は「ふふっ」と嬉しそうに笑った。
「七海さんは……寂しかったですか?」
「え……っ?」
「以前も似たような事があったもので……もしかして拗ねてるのかなと」
「いやいや、違うっ。 拗ねてない!」
「じゃあどうして顔を真っ赤にしているんでしょうか」
「嘘っ、顔赤い?」
「はい。 ……自惚れてしまいそうなくらい」
「…………っ」
覗き込んでくる和彦の視線を感じる度にほっぺたが熱くなって、より恥ずかしさが増す。
これじゃ……言わなくてもすぐにバレちゃうって……。
抱き締められた事によってドキドキが加速してしまい、俺の精一杯の照れ隠しは和彦の胸に顔を埋める事だった。
「嬉しいです、七海さん……!」
「おいっ、俺なにも言ってないけど!」
「こうしていると、心音が伝わってきます。 ネグリジェは薄いからよく伝わります」
「ネグリジェ言うなー! もう忘れろよ!」
「ふふ……っ、七海さんの怒った顔、本当に大好きです。 可愛い」
「ちょっ……やめろよ、やめて」
「何をですか?」
「か、可愛いとか、言うの……っ」
これ以上ほっぺたは熱くならないよ。
いつもさらっと口にする、俺を愛でる言葉をダイレクトに受け取って勝手に照れるってどんな羞恥プレイだ。
和彦の腕から力が抜けていく。
瞳を覗き込まれて、俺の頭に大きな手のひらが乗って、……やらしい唇が迫ってくる。
「…………誘ってます?」
「誘ってないよ! あ、あの……っ、俺全然作戦立てられてないから、今日は徹夜で机に向かおうと思っ……」
「作戦は僕と練りましょう。 机上でなくベッドでも作戦会議は出来ます」
「あぅっ……! や、待って、無理だって……!」
「今日はしていい約束ですもんね。 一度休憩を挟んでリリくんに挨拶をして、朝まで作戦会議です」
「あ、朝まで!?」
髪を撫でていた和彦の優しい指先が俺の肩をトン、と押してベッドに倒されると、見上げたその先に獲物を狙う狼の瞳とぶつかった。
触れる寸前で合わされる事は無かった唇から、ほんの少しだけ舌を覗かせた和彦の表情があまりにエッチで、体がピクッと反応する。
素肌をどこも触られてないのに、和彦の言葉と欲情した視線ひとつで、ほっぺたと同じくらい全身が熱い。
「七海さんがOKの顔してくれたから……今日は遠慮なく愛します」
「…………っっ」
───朝までなんて許した覚えはない!
ロック掛けちゃってごめん、……その理由を素直に話せなかった俺は、一体何処で和彦を喜ばせて、いつ欲情させてしまったんだろ。
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