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父との会話をそばで恐恐と聞いていた七海さんは、溜め息を吐いた僕を心配そうに覗き込んできた。
……可愛い……キスしたい……可愛い。
「……和彦? 大丈夫? お父さんって……」
絶対に浮かない顔をしている僕のカッターシャツの裾を握った七海さんが、引き寄せるように引っ張って距離が近くなる。
そんな甘えるような動作を自然にされて、その上心配げな瞳が凶悪なまでに可愛くて、……どうしようかと思った。
「大丈夫ですよ。 両親とは不仲ではありません。 ただ合わないだけで……」
「合わない?」
「えぇ、そうです。 ……」
昨日洗いざらい話してしまった七海さんには、僕自らが両親を遠ざけてしまった事を素直に話した。
僕も長机に座って、足をプラプラさせながら黙って話を聞く七海さんの手を取っても、怒られるどころかギュッと握り返してくれた。
幼稚で未熟だったとはいえ、実の両親をやや疎ましく思ってしまった点は反省しているけれど、傷付いて泣く我が子を盛大に笑い飛ばした事だけは今でも忘れられない。
ほんの少しでも僕の悲しい気持ちに寄り添ってほしくて、嘘でも「可哀想に」と言って抱き締めてほしかったんだ。
親だから、そうしてくれるはずだと信じて疑わなかった。
成長するにつれて両親の人となりを把握した時、あぁ……僕はこんなにすべてをポジティブには受け止めきれないなと、遠ざけた事実を正当化した。
「そんな明るい親から、何で和彦が生まれるんだろ」
「………………」
「面白いな。 何でもダイレクトに受け止めて思い悩んだら超〜〜暗い和彦の親が、そんなだなんてめちゃくちゃ面白い」
「お、面白い……ですか……?」
どうして親を遠ざける必要があるんだ、酷い人間だと、ちょっとだけ怒られる覚悟で話してみた。
それなのにその読みは外れて、七海さんは眩しいくらいの笑顔で見上げてくる。
鬱々としかけた僕の手を、繋いだまま自身の太ももの上に乗せてにぎにぎしてきた小さな色白の手のひらは、女性っぽくはないけれど男っぽくゴツゴツもしていない。
七海さんの手だ。 すべすべで、温かくて、切り揃えられた清潔な爪先まで綺麗で、ついつい見惚れてしまう。
「当時の和彦はそれだけツラかったんだもんな。 いくら親でも、合わない人だなって思いながらずっと同じ屋根の下で暮らしてたら、和彦なら多分ぶっ壊れてたんじゃない?」
「そう……ですね」
「あはは……! 困った御曹司だよ」
「……七海さん、どうして笑ってくれるんですか? 僕、変でしょう? 親にさえ離れてほしいと言える僕は、非情だと思いませんか?」
「んー……。 和彦なら言うだろうなって思ったよ。 だって、賑やかなのも苦手だろ? 初めて会った時 和彦そう言ってたもん。 他人を避けてきたのは別の理由があったにしても、元々が馬鹿騒ぎするタイプじゃないんだから」
合わない人間と暮らしていけるほど器用でも無さそうだし、と続けた七海さんの笑顔が、ぽかぽかと心を温めてくれる。
優しくて、可愛くて、芯があって、思いやりがあって、可愛くて、真っ直ぐで、可愛くて、心も身体も綺麗で、……止まらないよ。 七海さんの事が愛おし過ぎて、心の中だけではとても収まりきらない。
「七海さん……僕の事を本当に理解してくれてる……嬉しいです。 大好きです、七海さん。 大好きです。 大好き……」
理解してもらえる、共感してもらえる、その上で本物の笑顔を向けてくれる、些細なようでいて僕には無縁だった親しみを、七海さんは常に与えてくれる。
好きで好きでたまらない。
この顔も、声も、体も、心も、僕のものだ。
永遠に、僕のものだ。
「えっ? あっ、おい、こらっ! どさくさに紛れて何を……っ」
気付いたら長机の上に七海さんを押し倒していた。
上体を起こそうとする華奢な肩を押さえ付けて、唇を奪う。
触れて離れるだけのキスに、瞳をまん丸にした七海さんの頬がピンクに染まった。
……そうそう、この照れながらだんだんキツい表情になってくの……すごく好きだ。
両親に会うのは気が進まないけれど、もう少し先を考えていた七海さんの紹介は、とっても楽しみになってきた。
僕のものなんだよって、見せ付けてやろう。
男同士なのを理由に苦い顔をされても、もちろん何があっても反対などさせない。
七海さんに相応しい男でいると誓ったからには、僕の事を叱咤してくれる七海さんが隣に居ないともう……生きていけないんだよ、僕は。
「僕は幸せ者です。 こんなに素敵な人と魂の約束が出来たなんて……僕の人生はなんと贅沢なんでしょうか。 僕を救い、奮い立たせ、理解してくれる愛しい人」
「前から思ってたけど、その魂がどうのってやつ怖いよ! もっと普通に言えよ! てか起こして……っ」
「……僕に普通を求めてはいけませんよ。 それは七海さんが一番分かってくれているでしょう?」
「そうだけど! さっきやめてくれたのにまた……っ」
「疑似体験は諸々の用意をしてから後日しましょう」
「そんな体験しなくていいってばー!」
「七海さんのかねてからの望みは、漫画の中のような甘くて恥ずかしくて照れくさい「恋」なんですよね。 ……ヤキモチ焼きの七海さん」
「……っっ」
見開かれた瞳が、忘れていなかったのかと僕を見詰めて揺れた。
どれだけ拒まれても、自分の口から言わせたいと迫った僕は惚れた弱味に負けておく事にした。
溢れて止まらない七海さんへの想い。
すべてが愛おしいから、この驚愕と恥じらいが混ざり合った魔性の表情で、今日の追及は許してあげる。
「誰かに七海さんを弾き飛ばされて黙っていると思いますか、僕が」
「い、いや……思わない、けど……」
「七海さんに惚れていた男達と接触した時は、普通に会話が出来ました。 ……分かりますか? 七海さんが絡むと、僕は「普通」を装えるのかもしれない。 もはや僕は七海さんが居ないと生きていけないヘタレなので、魂云々もよく脳に刻んでおいて下さい。 僕がそばに居てほしいのも、愛しているのも、七海さんだけです」
固い長机の上で、七海さんをギュッと抱き締めた。
「恥ずかしい事いっぱい言って恥ずかしくないの?」なんて、文系の七海さんらしくない台詞が僕の胸の中で呟かれる。
恥ずかしいはずがないじゃないですか。
本心なんだから。
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