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今日の参加者は総勢七十三名。 そのすべてがスーツを着ている畏まった立食パーティーが、粛々と開始された。
……とは言っても、厳かなのは開始時に父を含む社長ら三名が壇上に上がった時だけで、以降は社員や役員同士が好き勝手に飲み食いしながら和気藹々と親睦を深めていく。
今日のパーティーは中期決算前の決起集会のようなもので、三社ともそれぞれ規模は違うが大勢の社員を抱えた大会社に変わりなく、これからも切磋琢磨していこうという会社の垣根を超えた親しい社長同士の粋な計らいの場だ。
年度末の決算時はさすがに浮かれている場合ではないので、三社合同パーティーはいつもこの時期なんだよね。
「……俺めちゃくちゃ場違いじゃん……」
到着早々こう呟いた七海さんは、自己紹介する時用に母から名刺を預っている。
後藤さんから渡されたブルガリの名刺入れは、デニムサファイアを使用した濃いブルーで格好いい。
それにはしっかりと七海さんの名前が刻まれていて、これからも使用出来るようにという母の心遣いに深く感謝した。
こんな立派なもの預かれない、と恐縮していたけれど、七海さんの名前が刻まれている事で他に用途はないと悟ってくれたらしく、恐々とスーツの内ポケットにしまっていた。
「僕も七海さんも、目的はパーティを楽しむ事ではなく、彼の悪事の裏取りです」
「……そうだな。 てか和彦、なんか……」
「はい?」
「ううん、何でもない。 ほんとに、いい兆候だなって思っただけ」
「僕には名探偵ななみがついていますから。 ……ビンタされたくないですし」
「名探偵じゃないっての!」
何なんだそれ!と膨れる七海さんがそばに居てくれるだけで、僕は強くなれる。
……僕には、七海さんがついてる。
……七海さんがついてる。
絶対に僕を裏切らない、七海さんがついてる。
どうしよう、どうしよう、と被害者ぶって狼狽えていても、今の僕に出来る事は一つしかない。
これまでの僕自身と、未来へ進むための清算。
抜け殻だった僕を信じていてくれた、父が待ち望んだ占部親子を一掃する。
何より隣には七海さんが居てくれるんだから。
これから先、誰に裏切られようとも、それが七海さんでないならすぐに立ち直れる。
僕は辺りを伺いながらシャンパングラスを手に取った。
美しく磨かれたグラスの中で、シュワシュワと炭酸の気泡が上へ上へと立ち昇っていて、とっても美味しそう。
今日は絶対にこの場に紛れ込んでいるであろう占部昭一の姿を探しつつ、七海さんの分のシャンパングラスを手渡そうと何気なく隣を見た。
「七海さん、一杯だけ頂き……」
あ、あれ……!? 七海さんが居ない!
ついさっきまで隣に居たのに!
「ちょっ……七海さんっ?」
どこに行ったの。 僕、ほんの二分くらいシャンパンに気を取られていただけだよ。
慌ててグラスをそばのテーブルに置き、必死に目を凝らしてごった返す人々の中からオレンジブラウンの髪を探す。
「あっ!」
数メートル先に見慣れたふわふわを発見し、急いで歩み寄った。
まったくもう……目を離すなって九条さんからも言われてたのに。
でもすぐに見付かって良かった。 初めて、背が高くて良かったと思った。
「──え…っ」
人混みで見えなかった僕の視線の先に、またもや腸が煮えくり返る光景があって立ち止まる。
───嫌だ。 嫌だ。 嫌だ。 嫌だ。
僕の目の前で、七海さんが知らない男から腰を抱かれていた。
「初々しい」だの「綺麗だね」だの、逃げ腰の七海さんに顔を近付けて囁いているのは、他社の若そうな男だ。
カッと頭に血が上り、我慢ならなくて勇み足で近付いた僕は、すぐに七海さんの腕を取って男から引き剥がす。
「失礼」
「……あっ、和彦……!」
「この子に何か?」
僕は咄嗟に、男に向けて愛想笑いをした。
あれだけ、あれだけ、大嫌いだった愛想笑いを、いとも簡単にやってのけた。
沸々と怒りが込み上げる。
笑顔を向け続けると、「いや、」と男はたじろいだ。
「そ、その人、SAKURA産業の秘書課って言ってたんで、男の秘書って珍しいなぁなんていう話を……」
「そうですか。 日本では珍しいかもしれませんが、海外にはザラにいらっしゃいます。 仕事さえ出来れば性別は関係ありません」
「そうだな、うん。 そうだよ、はは……」
「そうですよね」
「あ、……じゃあ俺はこれで……」
「お待ちください。 …………はい、結構です。 どうぞあちらへ」
男が去ろうとするのを引き止めて、その顔をじっくりと拝んで脳に記憶した。
あまりに僕が笑顔で居続けたから不気味だったらしく、男はそそくさと人混みに紛れ込んでいく。
───僕の七海さんに触れたあの男、許せない。
「……七海さん、どうして僕から離れたんですか」
壇上でほろ酔いの誰かがスピーチを始めて、参加者らの視線がそちらに向かっている隙に会場の隅まで七海さんを連れて行った。
僕がシャンパンに見惚れてちょっと考え事をしていた、ものの二分の間に隣から居なくなるなんて危なっかしい事この上ない。
壁際に追い詰めて七海さんを見下ろすと、目をまん丸にして言い返してきた。
「いや、違うんだよっ。 あっちにカシスソーダあったから取りに行こうと思っただけで……俺は別に……!」
「カシスソーダ? 七海さん、カシスソーダお好きでしたっけ?」
「俺じゃなくて和彦が好きなんだろ!」
「え、僕が……? カシスソーダ……?」
そんな事言ったかな……?
ムッと不機嫌な顔付きになった七海さんは、その途中で知らない男に捕まって逃げられなかったんだと、まだ目をまん丸にして憤慨していた。
「俺のせいじゃないからな!」
ふん、って……。 ……可愛い。
僕にはその怒った顔はなんの抑止にもならないのに。
ただ抑止にはならないけれど、僕の中で生まれた重たい塊を軽くする効果は充分にある。
七海さんが意図的ではない魔性を振り撒いてしまっているという事は、パーティーに参加して十分足らずでハッキリした。
……あの男にも、そして僕にも。
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