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優しい狼

 俺と出会ってから、俺がいるから、俺は絶対に和彦を裏切らないと信頼してくれているから、目に見えて和彦は変われている。  あんな衝撃的な事実を見聞きしてもまだ、ウジウジして情けなく眉を下げて「どうしよう、七海さん」なんて言いやがったら、絶対にほっぺた引っぱたいてた。  この期に及んで何を寝呆けた事言ってんだ!って。  でも、そんな心配いらなかった。  占部とは知り合って間もない俺でさえ、聞こえてきた台詞に驚愕したんだ。  それと同時に、すべての辻褄が合った。  学生時代から他人とは距離を置いていた和彦に声を掛けた事、無二の友人だと信じ込ませた事、そして和彦に語ったという言葉の裏に潜んだ悪しき感情。  二人が友達になったその時、すでに今日の日のためにチマチマとした不正が行われてたんだよ。  ───信じられない。 自分達の尽きぬ欲のために手を汚した、ほんとに汚い奴らだ。  罪深いのは、占部の父親。  絶対にうまくいくから、とか何とか言って、どんな経緯だか知らないけど息子までもを手中に収めて高笑いして。  不正に加担させられていた社員さんもそうだ。  録音した音声を聞く限りじゃ、全然乗り気なんかじゃなかった。 ……脅されてたとしか思えない。  その不正を和彦になすりつけて、友彦お父さん諸とも会社から追い出そうと企てるなんて……何が、「そろそろ芽吹いてもいい頃だろう」だよ。  バレてないと思って種を撒き続けてくれたおかげで、友彦お父さんからもデータ収集され、あげく陥れようとした和彦本人にそれをまとめ上げられてるとも知らないで。  あのハイテクカメラが、まさか音声まで拾ってるなんて気付かなかったんだろうな。  和彦が前向きになれたと安心してた矢先の真実に、俺も胸糞悪くて仕方ない。  何とか勢い付けてあげようと、出会った日におかわりまでして頼んでた和彦の好きなカシスソーダを求めてウロウロする度に、「ねぇ」と知らない男に声を掛けられて辟易してたけど……。  ただでさえ腑抜けから抜け出せた和彦に喜ばしい気持ちを抱いてたのに、相変わらずノンケを引き寄せてしまう質の俺に分かりやすい嫉妬の感情を向けられて、……実は嬉しかった。  なんか心がフワフワする。  見た目スパダリの和彦は、会場内の女性達から羨望の眼差しを向けられていた。  それに気付いてんのか気付いてないのか、そんなものより俺だけを見てくれてると分かって、浮かれないはずないよ。  今日すべてを終わらせるつもりなら、その後くらいはカシスソーダで乾杯したい。  和彦が自身の弱さと己の立場を受け入れて、解決に向けて動こうとした新たな気持ちは、乾杯に値すると思う。 「……きましたね」  三階エレベーターから少し南側へと歩き、各部屋毎に仕切られた柱は身を隠すのにもってこいだった。  くぼんだ死角となるその位置で、九条君も交えて三○五を凝視していた俺達は、エレベーターから男性が降りてきたのを見つけた。  声を上げた和彦が、男の顔をよく見るためか目を細める。 ……かっこいい。 「あれは誰なんだ?」 「……征橋(ゆくはし)産業の常務、椛島ですね」  九条さんの問いに、和彦は溜め息混じりに答えた。  完全に読み通りだった展開に呆れてるのかもしれない。  椛島、という名前を聞いた俺も、迷わずどこかへ歩を進める男の顔を見てみる。 それは、この日のためにデータ収集をする和彦の隣で俺も必死で覚えた顔に間違いなかった。 「あ、……椛島幸夫」 「七海さん、ご存知だったんですか?」 「うん。 三社合同パーティーだって言ってたから、三社の役員の顔と名前だけは覚えて来た」 「なんと……! 七海さん、素敵です」 「へぇ。 七海、マジで秘書課で通用しそうだな。 名刺くれよ」 「いいよ、えっと……」 「ちょ、ちょっと、名刺交換は後にしてください。 あ……やはり占部昭一の居る部屋に向かってますね」  ───嬉しい。 さっきまでヤキモチ焼いてて不機嫌そうな顔ばっか見せてた和彦が、温かく微笑んで俺の頭を撫でてくれた。  同じような年代のおじさん達はみんな同じ顔に見えて覚えるのが大変だったけど、頑張って良かった。 ……和彦に褒められた。 「七海さん、撮れますか?」 「うん!」  俺と和彦は、同時にスマホのカメラを椛島常務へ向けた。  どこに、誰が入って行くのか、それを収めないと意味がないそれを、二台のカメラがキャッチしてれば万が一にも備えられる。  キョロキョロと辺りを伺ってから中へ入って行く明らかにおかしな様子の椛島常務を、俺は動画で、和彦は写真にてスマホに収めた。 「……よし、部屋番号も椛島常務が部屋に入るとこもバッチリ撮れたぜっ」 「中で何してんのか分かればマジで一発御用なのにな」 「部屋番号を知ったのがついさっきなので、何も準備出来ませんでした。 下でパーティー真っ最中なのに、他社の役職付きが密会している時点で良い事は行われていないでしょう」 「おっさん同士で密会って言うのか?」 「僕と七海さんもいずれは「おっさん同士の密会」になりますよ」 「ぶはっ……! やめてよ、俺まだおっさんになりたくない……って、コラッ」  確かに、占部のお父さんと椛島常務のアレを密会って言うのは気持ち悪いよな。  なんて笑ってたそばから和彦に腰を抱かれて、髪に口付けられる。  ……ドキドキするじゃん、急にそんな事されたら。

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