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第6話

カチャカチャというもの音で本田は目を覚まし、枕元の時計を見た。すでに昼過ぎの時間だが頭の方は全く覚醒してこない。しばらくぼんやりとカーテンの隙間から差し込む冬の陽光とそれに照らされ踊る埃をみているとキッチンの方から何かを落としたような音がして 「あーーっ!」 と叫び声がした。途端に昨夜からの記憶がよみがえり、がばりと身を起こす。あわてて寝室から飛び出すとシンクで蛇口を全開にして何かを流している秋元の姿があった。 「おい、何してるんだ?」 寝起きで不機嫌な表情や声になっている自覚はあっても取り繕うことはしないまま本田は声をかけた。 「あ、すいません、コーヒーメーカーと豆があったんで淹れようとして豆こぼしちゃいました。勝手にいらんことしてほんとすいません」 ペコペコと頭を下げながらも寝起きの本田の迫力にビビっているらしい秋本は半分涙目になっている。コーヒーメーカーにはフィルターがセットされ、豆が入れてあった缶が流しの中にころがっている。あと4~5杯分は残っていたはずだが全部ぶち撒いてくれたらしい。 「もういい、顔洗ってこい」 昨夜のことを思い出してどんな顔をすればいいのか複雑な気持ちの本田に対して素直に顔を洗いに行った秋元は全くの普段通りだった。幸いこぼれた豆の粉はすべてシンクの中だったようで戸棚を開けて新しい豆の袋を取り出すと中身を別の保存缶に移してコーヒーメーカーをセットした。洗面所から出てきた秋元がかわいそうなほどしょんぼりして 「全部こぼしてしまいました。ほんと俺いらんことしました。すいません」 頭を下げるので 「別に大したことじゃないさ。ストックはあったから俺が入れてやるし、それよりゴミとか缶とか片付けてくれたんだろ。ありがとうな。ていうかお前いつ起きたんだ?」 眉間のシワはそのままだか、出来るだけ平静をよそおいながら話しかければ 「俺も15分くらい前です。布団ありがとうございました。久し振りにぐっすり寝れてすごくスッキリしています。なんか俺いつ寝たのか全然覚えてなくて」 というのでどうやら何も覚えていないらしいことにほっとした本田はすべてなかったことにすることを即決し、タバコに火をつけた。一本吸い終わるとコーヒーをカップに注ぎ渡してやる。 「砂糖とかミルクとかねえんだ。悪いな」 「あ、ありがとうございます。すみません」 2人とも無言で立ったままコーヒーを飲む。秋元は上目遣いに本田の様子を伺って 「本田課長、怒ってます?」 と聞いてきた。 「あぁ? 機嫌が悪そうに見えるんならそりゃ寝起きのせいだ。別に怒っちゃいないさ」 安心させるために笑顔をつくろうかとも思ったがそこまでする必要もないだろうと仏頂面のまま答えると 「そうじゃなくて。俺かなりまずいことしましたよね。うっすらですけど覚えてるんで」 と爆弾をおとしてきた。飲みかけたコーヒーを盛大に噴きだした本田は 「お、おまっ、覚えてるんか!」 せっかく取り繕ってきた内心の動揺をすっかり丸出しにしてしまって咳き込みながら顔が真っ赤になるのをどうにもできなかった。手近にあったティッシュを本田に渡し自分も辺りに飛び散ったコーヒーを拭きながら 「ていう事は課長も覚えてるんですよね。あんまり普段通りだから夢だったのかと思うところでした」 とうつむいたまま言う秋元の声は酷く低くてなぜか少し剣呑な雰囲気を帯びていた。

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