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第9話

ぐったりとベッドの中で呼吸を整える間、本田は秋元の頭を抱えるように抱き寄せて髪を撫でていた。ほとんど無意識だったその動作に秋元は目を細め甘えるように鼻づらを本田の肩にこすりつけてくる。短い冬の日差しは既に夕方の色合いを帯びてカーテンの隙間から漏れている。 たった今自分の身に起こったこと、というより自分が引き起こしたことを信じられないような思いで反芻しながら本田はこれからどうすればいいのか、と現実の問題を突き付けられていた。相手が女性であっても今の小さな会社では社内恋愛など面倒くさい以外の何ものでもないのによりによって同性であるこの青年と肉体関係を持ち、厄介なことに恋愛感情まで抱えてしまった。いや、たぶん恋愛感情はもっと前から存在していたのだ。目をそらして気づかなかっただけで。入社の時から本田のことを好きだったという秋元はずっと同性に恋をしてきたのだろうか。ずいぶんと生き辛い人生だっただろう。セックスの経験はあるようだったが恋人がいたことはあるのだろうか。ちろりと嫉妬の焔が本田の心をかすめる。 「お前初めてじゃなかっただろ。どうやって恋人をつくって来たんだ?」 いきなり核心をつくのは本田の悪い癖だった。案の定、痛みを感じたような顔をした秋元は 「そういう雑誌の出会いを求める系のコーナーで。でも恋人になれたことはなかったです。もっとこう、会ってヤったらおしまいみたいな。だから本当に好きな人に抱かれたのは初めてで。あの、すみませんでした。課長ノンケですよね。俺が無理やり迫ったからしょうがなく相手してくれたんですよね。俺今日の思い出だけで生きていけるんで、課長はどうか忘れちゃってください。本当にすみません」 泣きそうになって視線をそらそうとするのをあごを捉えて自分の方を向かせ 「お前昨夜ここに来てからずっと謝ってばっかだな。コーヒーぶちまけた以外悪い事していないのに。ノンケっていうのはそのケがないってことでいいんだろ? そういう意味ではその通りだった。でもなあ、しょうがなくで男は抱けんだろう。言ってる意味わかるか?」 本田の方から一瞬唇を塞いだ。 「入社した時から俺に懐いてくるお前の事可愛く思ってたさ。こういう意味だとは自分でも気づかなかったけどな」 大きく目を見張った秋元はひどく子供じみて見えた。実際21歳なんて子供に毛が生えたくらいのものなのだ。本田の方がリードしなければここから一歩も進めないだろう。 「俺とつき合ってくれ。大っぴらにできない窮屈な関係になると思うがそれでもいいなら」 後戻りできないセリフを口にして秋元の返事を待つ。とうとう秋元の涙腺が決壊した。 「俺の方こそ、よろしくお願いします。夢じゃないですよね。課長とつき合えるなんて…」 うすい肩を抱き寄せ、アンバランスな大きな手を捉えて指を絡める。 「俊晴だ。2人の時は課長って呼ぶな。良実」 言ってしまってから照れくささに顔から火を噴きそうになる。 「俊晴さん…。いや、無理っす」 両手で顔を覆う秋元の頭をくしゃりとなで 「ゆっくりでいいさ。時間はたっぷりあるんだ」 体を起こす。 「シャワー浴びて出かけるか。まともな晩飯食おうぜ」 「そういや俺腹ペコです」 「酒も飲みたいな。明後日から納品で忙しくなるし、それが終わったら消費税だ。のんびりできるのも今日明日が最後だ。駅前の炉端でも行くか」 「今日も泊ってもいいですか?」 「お前実家暮らしだったろう。連絡しとけよ」 「電話お借りします」 実家に電話をする秋元の声をBGMにシャワーの支度をする本田の口からは人生の絶頂を祝福する昨年のヒット曲の鼻歌が漏れ出す。 傾き始めた陽光がスパークリングワインのような色とはじける泡沫のような反射を窓ガラスに映していた。

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