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序章[夏の日]1-見世物小屋
出入りを禁じられていた見世物小屋を、高等学校の学友である清比古 とともに見物したのは、夏祭りの夜だった。
提灯が揺れ、人でごった返す、にぎやかな祭り会場。
そこから少し離れた場所に吹けば飛びそうな見世物小屋があった。
へび女や人面犬などの派手な看板が立ち、一目でちんけな偽物ばかりとわかるうらぶれた小屋だったが、そのいかがわしさが俺たちを高揚させた。
清比古とは寮でも同室で、よく議論を交わし、友情を深め、刺激し合った間柄だ。
高校最後の夏にこういった小さな秘密を共有するのも良い思い出になるだろうと俺たちは考えた。
目の上で綺麗に切り揃えられた髪も艶やかな清比古が、小柄な躰にきっちりと浴衣を着た姿はまるで中学校の生徒のようだ。
格別に大柄な俺と一緒ならば、高等学校の学友ではなく、父兄同伴のように見えて好都合だった。
木戸銭 を払って中に入れば、狭く薄汚い室内に首をすくめた清比古がすぐに僕のシャツの袖を掴む。
「なんだ、怯えているのか」
「まさか、彬 がはぐれないようにさ」
そんな強がりをいいながら、俺を先に押しやった。
見世物は予想通りちゃちなまがい物ばかりだ。
小人と称した小柄な老人がニタニタ笑いながらタバコを吸う横を通りすぎ、妖怪の図解を眺めて指をさし、これは国語の教師によく似ているなとうなずきあう。
清比古がクスクスと笑いながら汗ばんだ肌を密着させ、俺の肩越しに大袈裟に飾られた河童の木乃伊を覗き込んだ。
「大したことはないな。以前見た人魚の木乃伊の方が興味深かったよ」
埃っぽい見世物小屋で、まるで幼な子のように爽やかな清比古の汗の薫りが心地よかった。
各地の祭りを渡り歩く見世物小屋は立て付けもいい加減で、最後の部屋は物置に紛れ込んだのか、見世物に含まれるのか、少し判断に困ったほどだ。
薄暗い中に木箱がたくさん積まれていて、一番手前の木の台の上に血のような濃い赤のビロードが敷いており、そこに重厚な革製の四角いトランクケースがあった。
おそらくあの中に見世物があるのだろう。
にも関わらず肝心のトランクの蓋が閉じられたままだということを不思議に思った。
それまで後ろにいた清比古が、吸い寄せられるようにそのトランクに近づいていく。
革のベルト留めも、頑丈な鍵も、どちらもあいているようだった。
妙にぎこちない動きで清比古がトランクの蓋を持ち上げる。
蒸し暑さと頑丈な蓋の重さに加え緊張もあるのか、はぁ……はぁ……と清比古の抑えた息遣いが耳につく。
隙間から細い足のようなものが見えた。
ゾクリと寒気が背を上った。
トランクの蓋が完全に開かれると、中には足を折りたたんで横たわる裸の少年がいた。
「……これは……」
「生き人形……?」
こんな見世物小屋には似つかわしくないほど精巧な作りの生き人形。
しかし本当に人形………なのか?
美しいまつ毛に彩られた目は薄く開かれていた。
柔らかそうな肌は本当の人間のようだが、しかし全く血の気を感じさせない。
髪は短く揃えられており、形のいい耳の美しさと、細く尖った顎の儚さが際立っていた。
凍えたような唇、そして滑らかな頬に指を這わせ、その感触を確かめたくなる。
薄い胸の上で組まれた細い指は何かを祈っているのか。
彼の冷たい唇に俺の唇をあわせ、優しくふっと息を吹き込めば、命が宿りそうで……。
この美しい少年はどんな眼差しで俺を見るのか。
頬をなでれば凍えた細い手をほどき、俺の頬をなで返して……。
トランクの中に折り曲げられた白木のような足を伸ばすと、平らな腹と柔らかな内腿が現れるはずだ。
痩せた背中にはポコポコと背骨が浮き、尻は薄いがみずみずしく少年らしい張りがあるに違いない。
背中から尻にかけて優しく指で辿れば、くすぐったさにまつ毛を震わせ、背をよじり……。
「彬、この子は……」
声をかけられハッと我にかえった。
生き人形の少年に見入る姿を清比古に見られてしまった。
初めから一緒にいたのだからそれは当然のことだ。
だが、知られてばならない欲望を覗かれたような、そんな落ち着かない心持ちになった。
俺は清比古が言いかけた言葉も聞かず、トランクの重い蓋を閉じると、浴衣の細い腕を引いて見世物小屋から足早に退出した。
砂利混じりの道をザクザクと足音を立て祭りの中心に向かう。
清比古は何も言わず俺に腕を引かれていた。
雑踏に混じりようやく俺は歩調を緩めることができた。
「やはり見世物小屋には大したものは無かったな。しかしそれも祭りらしくていいと思わないか」
できる限り軽い調子を装った。
「最後の……あれ……」
「中程の大女という見世物はいただけなかった。確かに大きく太った女だったが、さらに腹に詰め物をしていただろう。それに太った女を見たからといって何の感慨も覚えることはないよ」
俺はまた清比古の言葉を聞かぬふりをした。
その夜、寮の門限ギリギリまで二人で夏祭りを楽しんだが、俺はなぜか清比古の目を見ることができなかった。
俺はその日の妙な気まずさなど気に留めていない振りをして、清比古とその後も一番の友人として卒業までの時を過ごした。
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