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第50話

手と、手を、取りあって。 指を絡ませて。 そうして。 「ねえ、笑って?」 君は、そう言って笑った。 「……笑う、理由がない」 「僕が笑っているでしょう」 訳の分からないことを言う奴だった。 自分が笑っているのだからお前も笑えと。 自己中心的な奴だった。 自分の言うことが全てだと。 少し大きめのカーディガンを羽織り、机に頬を押しつけながら、もう一方の手も俺の手に絡ませて、目の前のこいつはもう一度言う。 「ねえ、ほら、笑って」 僅かばかり動いた筋肉のおかげでぎこちなく上がった口角と、笑う、と言う行為を意識しすぎて力が入った眉間のしわ。それに伴って視線も鋭くなっていく。 果たしてこれは笑顔と呼べるのだろうかという程の顔を見て、俺の頬に手を添えて、こいつはまた、笑うのだ。 「ふっ、ふふっ、あははっ。やっぱり、君、笑うの下手くそだね」 「笑えと言ったのはお前だろう」 「そーね、そーだよ。だって僕は、お前の笑ってる顔が見たい」 「……笑ってるとも言えない顔だ」 「君が僕に言われて、笑おうとして作った顔なら、それが君の笑顔だよ」 「……そうか」 一際綺麗に笑う目の前の人物は、ぎこちない笑顔とも呼べないほどの表情を今まで1度たりとも否定したことは無い。 何度も何度も笑えと要求してくることはそろそろやめて欲しいが、それをこなすといつも、満足そうに、幸せそうに、顔をほころばせるのだ。 愛想もなく気の利いた事も言えない自分のこんな些細なことで自分の好きな人がこんなにも喜んでくれるのならば、やめろだなんて言えるはずがない。 「……俺も、お前の笑っている顔を見ていたい」 「君と居る時は大抵笑っているよ」 「その笑顔が、とても好きだ」 「ふっ、知ってる」 「ずっと、傍で見続けられたらと思う」 「それは願ったり叶ったりだ」 「……愛してる」 「僕の方が君のことを愛しているよ」 「俺の方が上だ」 「違うね、だって好きになったのは僕の方が先だもの」 「……期間は、関係ないだろう」 「あはっ、拗ねないでよ」 繋いでいた手を離して、身を乗り出して俺に抱きついてくる。軽い体を持ち上げて自身の膝の上に乗せた。 「軽々とだね」 「実際軽すぎる。ちゃんと食え」 「食べてるつもりなんだけど」 小さな頭を撫で、さらさらの髪を梳いていく。少し赤みがかった頬に触れて、そして。 手と手を取り合って、指をそっと絡ませながら、こいつは笑って、俺はぎこちなく口角を上げて。 そうしてそっと、キスをした。

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