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※この物語は架空の大正時代が舞台の『蒸気灯の、其の下で』を現代パラレル風にした作品です。
登場人物紹介
〇霧谷圭一 ・・・年齢は二十を軽く過ぎている。
咲里とは進学先の京都で知り合った。
大学卒業後に同県の企業に就職が決まり、そのまま咲里と暮らす事に。
車はあるが、遠出と仕事に行く時以外はあまり使わない。
口下手で自分の気持ちを上手く伝えることが出来ないみたい。
しっかりしているようで意外と天然。出身は和歌山県。
〇咲里 要 ・・・年齢は圭一よりも少し上。両性愛者。
色を抜いた金色の髪とカラコン必須の青い瞳がトレードマーク。
京都で圭一と知り合い、そのまま付き合って現在に至る。
誰もが振り返るほどの美青年。全てが謎に包まれている。
なぜかいつも女性の影が絶えないようだ。表に出さないけれど嫉妬深い。
※実在の地名・電車名を使用しておりますが、この作品はフィクションです。
実際の人物・地名・名称等とは無関係の創作作品です。
※読みやすさを優先して、登場人物の台詞には方言を使用していません。
あらかじめご了承ください。
・・・昨日、雪が降った。
「盆地だから夏は凄く暑いけど冬になったら雪が降るよ」
この地に住んで初めての夏の日、共に暮らしている部屋の中で笑いながら咲里が話していた時の事を不意に思い出した。
『嗚呼。そういえば確かそんな事を言っていた気がする』
桜並木が美しいと人づてに聞き、訪れた福知山市の某所で見た桜は本当に美しかった。
京都は暑い。これは実際に行ってみなければ伝わらないかもしれないが、確かに暑い。
そんな暑い夏の最中に冬の話をするのもどうかと思うけれど、圭一が比較的温暖な地域で暮らしてきたことを知っての会話だと考えれば、なんとなくだが納得できる。
実際の話、圭一が暮らしていた和歌山は比較的温暖な気候が特徴で、冬も昔に比べるとやや暖かい。
ごまさんスカイタワーのある龍神や高野山方面に行けば、確かに雪が降るけれど自身が住む地域は殆どといっても良いほどに雪が降ることはなく、降ったとしても地に落ちて積もる前に解けていってしまう。
雪が積もったり、道路が雪に埋もれてしまうなんて日が続いたら、圭一の住む町は一気にパニック状態に陥ってしまうだろう。それくらい珍しいことなのだ。
かくゆう圭一も小学校に通っていた頃は、珍しく雪が降った朝に運動場に集まって、土混じりの雪玉を作り、クラスメイトと共に合戦をして遊んだこともあった。
「・・・・・・確か、そんな日もあった気がする」
初めて積もる雪を見たのはいつの頃だったかさえ、もう忘れてしまった。
それくらい雪とは縁遠い人生を生きてきた圭一にとって、咲里が呟いたその言葉は衝撃的だったのだ。
『・・・雪かぁ』
「見てみたい?」
「何が?」
「雪」
「・・そうだなぁ・・」
「雪が降ったら、君は何がしたい?」
八月も半ばを過ぎた頃、咲里が急に思い出したかのように、そんなことを言いだした。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・ん?」
六畳一間の部屋が並ぶ二階建てアパートの一室。
けして綺麗とは言えない、年季が入った壁と個性的な住民、大家が離れて暮らすその周辺は、車の通りも少ないせいか。夕刻が近づくと、決まってどこからかコオロギだとか、カエルの声がじんわりと聞こえてくる。
「テレビ。要らないねえ」
窓際に近づいて無造作に腰を下ろしながら、瞳を閉じて呟く咲里の表情はとても穏やかで。
二人分のマグカップを手に戻った圭一は、彼が見せた一瞬の表情に見とれてしまいそうになってしまった。
最初、咲里の顔を初めて見たときは同じ日本人なのかと首を傾げる程に繊細で、色も白くまつげも長かった。
色白の肌に薄い金色の髪は良く映えて、待ち合わせをしている最中も遠くから見て、女性の視線を辿って行くだけですぐに分かる。
有名人なわけでもないのに、どこか人を惹き付けてやまない存在。
どこへ行っても見られ続ければ、嫌でも緊張感を持ってしまう。
気の休む暇もないんじゃ、疲れきってしまうに違いないと、圭一は密かに心配をしていたけれど、本人はどこ吹く風。
誰かの視線など気に留めたことも無いという。
ただ、どこへ行くにもスマホを持って側に寄られたり、色々な品を持ってきてくれるのだけは少し困ると笑っていた。
「髪を黒にしようかと思ったこともあったんだけどね。似合わなくてさ」
「・・・ああ。それで色を抜いたのか」
「そう。何回抜いたかな・・とにかく色を変えたくて。でも髪って伸びてくるでしょう?
あんまり目立ってきたら、もう染めて黒と青にするのもいいかなって、ときどき思うよ」
「そうか・・」
俺はお前が目立つよりも、その酷使され続けている頭皮の方が心配だ。なんて口が裂けても言えないけれど・・隣が女子じゃないせいもあるのか、一緒にいても視線が刺さらないのはありがたいとは思う。
『本当・・何でコイツは俺と一緒にいるんだろう」
ふいに生まれる感情をグッと飲み込むと、何事も無い風を装いながら圭一も彼の隣に腰を下ろすことにした。
彼の隣に近づいて分かる、ふわりとした甘い砂糖菓子に似た匂い。
微かに香るその香りが圭一は嫌いではなかった。
男性なのに女性向けの香水を好んでつける彼の趣味は、ハッキリ言ってよく分からない。
飄々としていて掴みどころのない雰囲気と、美青年を彷彿とさせるその容姿のせいか、一緒にいても呼び止められて、その度に名も知らぬ女性から色々な品を贈られる場面を目にしてしまう。
チラチラ見たりするだけでは、我慢できない人もいるのだろうと思っていたら、どうやらそうではないらしく、咲里自身も、にこやかに品を受け取っては、自ら好んでその品を愛用している。
その後ろ姿を見ていると、どうしてかチリチリと自分の感情が燻って、何度擦っても火を失ってぶれるマッチのように消化不良に陥ってしまうのだ。
自分だけが、こんな感情でいるのは不公平だと思う。
けれども上手く伝えるその言葉を知らないせいもあるのか、どうしても圭一は咲里に対して、秘めた感情を言葉に変えて生み出し伝える勇気がなかった。
それを伝えてしまったら、積まれた積み木が崩れるように、この関係もガラガラと音を立てながら壊れてしまうだろう。
何事も無かったように「そう」と一言言って、ふらりと出て行ってしまうに違いない。
それが何だか恐ろしく、怖かった。
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