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第50話

 「わーんこ」  「...っ!」  沈んでいく思考の中、聞こえた声。突然後ろから抱き締められて歩みが止められる。  憎い...憎い声。背中から伝わる気持ちの悪い体温。  「来るのが遅い。もっと早く来ると思ったのに」  「っ、離れろ!」  ガッと肘を叶江に向かって当てる。しかし寸前で避けたのか、あまり当たった感触はなかった。  だが、そのおかげで叶江から離れることができた。  「はぁ、せっかく躾けてあげたのにもう生意気に戻ってるし」  「黙れ」  何が“躾”だ。あんなのはただのあいつの自己満足なだけの...  なんとか理性を保ち、募っていく怒りを胸の内に秘める。  ここで動いてはいけない。これから...これから徐々に追いつめていくのだ。  とりあえず一端叶江から離れ、さっさと食堂に行ってしまおう。これ以上こいつと一緒にいたら気が狂ってしまいそうだ。  「なぁ、宵人は元気か、今もまだおねんね中?」  「...っ!」  移動しようと叶江に背を向けた時そう、どこか楽しげに言う叶江の声を耳でとらえた。  その瞬間、身体の全体に力が入りところどころ血管が浮く。  拳は力を入れすぎて白くなってしまっていた。  ふざけんな...っ、宵人は...宵人は...っ  胸がきりきりと痛み苦しくなる。 それと同時に段々と冷静な判断ができなくなっていく。  「あの時死んどけばよかったのになぁ、てか今ももう死んでるようなものだろ。早く葬式やってあげなよ」  その時、頭の中で何かが切れる音がした。怒りで視界が真っ暗になる。

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