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第51話
気づけばもう身体が動いており、目の前にはバランスを崩しふらつく叶江の姿があった。
拳がジンジンと痛む。叶江の頬は赤くなっていた。
「あー、痛いなぁ、口ん中切れたし」
口元をクッと右手で拭い、叶江は殴られた頬を触ってニヒルに笑う。
「宵人は俺が守ってる。今も、これからも。...死なせない、ずっと一緒にいるんだ」
「...へぇ、」
まだ殴り足りない。もっともっと憎しみを込めてこいつを殴り倒したい。
暴力的な衝動がふつふつと湧きあがる。
だが、同時に理性も戻り怒りを抑えてくる。
「ムカつくなぁ」
「ぅっ...ぁ、」
急に胸倉を掴まれそのまま思い切り壁に押し付けられる。叶江の素早い動きに抵抗することができなかった。
「ここに復讐しに来たんじゃないの?まぁ、頑張ってよ。俺も協力してやってるんだしさ」
「は?...な、に言って...」
「ほら、同室者。お前が沙原と一緒なのは俺のおかげ。本当は2年になった時宵人の代わりに他の奴が入ったけど3年になってお前が来ることわかって、わざわざそいつを追い出して空けてやったんだから」
追い出した...?そんなことお前なんかができるわけ...
「俺さ、ここの理事長の甥だから大抵の“お願い”だったら聞いてもらえるんだよ」
「甘やかされてるから」と、自嘲気味に笑いながら叶江はそう言った。
予想外の事実に俺は言葉をつぐむ。
ここでのことはこいつの計らいだったのか。それにしても、それじゃあこいつは何を企んでいるんだ。
叶江はあの3人と繋がりがあるのでは...
それなのに協力だ、などとほざいている。罠か...罠なのだろうか。
――しかし、それならそれで
「あぁ、そう...じゃあ利用、してやるよ...お前のこと、」
使えるものはすべて利用してやる。殺してやりたいほど憎いお前でさえも。
自分より少し上にある叶江の目をまっすぐに見れば、酷く歪んだ瞳の中にいる自分の姿が見えた。
徐々に大きくなっていく瞳の中の自分の姿。そして重なる唇。
口内を犯そうと入ってきた少し鉄臭い舌を拒み、叶江の下唇を強く噛めば、ジワリと新たに血の味がした。
「...っ、はぁ。もう口の中血だらけだわ」
「俺に触るからだ」
溜息をし、俺から離れると叶江は口内の血を廊下に吐き捨てた。
「躾けても時間が経つとダメだな。...でも今は躾けないでおいてあげるよ。せいぜい俺を楽しませて」
「...勝手に言ってろ」
ニヤニヤと笑う叶江。その笑みを不気味に感じながらも、今度こそ俺は叶江に背を向け食堂へと歩み始めた。
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