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第59話
「ねぇ、愛都君。お腹空いてない?」
「お腹?そうだねぇ、空いてきたかも」
時計を見れば18時になるところだった。普段はあまり夜は食べないため空いたといっても小腹ほどだが。
「じゃあさ、食堂に一緒に行こうよ!」
「本当?嬉しいな、でもごめん。俺、夜は自炊しようと思ってるんだ。料理作るのが好きでね」
...とは言いつつ、実際はそんなに料理をするのが好きなわけではないが。
なら、なぜこんなことを言うのか...それは、
「え!すごい!僕料理作るの苦手なんだ。と、いうか全く作れない。ね、よかったら僕食堂に行かないで愛都君の手料理食べたいな。なんならお金払うよ!」
「お金なんていらないよ。むしろ食べてもらえるなんて嬉しいぐらいだし」
そう、きっと沙原はこう言ってくるだろうと予想していたからだ。
これで沙原と共有する時間を増やすことができる。
「やった!あ、じゃあさ、僕なんか手伝うよ!何でも言って」
「そうだなぁ、それじゃあこれから買い物に行くから帰りに荷物を持つのでも手伝ってもらおうかな」
「うん、りょうかい!」
「ありがとう、沙原君」
ニコリ、と俺お得意の笑みを向ければ沙原もまた嬉しそうに笑みを向けてきた。
そして俺の腕を掴んでくる。
「あ、あのね愛都君。あの...今更感もあるんだけど...よかったら僕のこと沙原君とかじゃなくて...下の名前で、呼んでくれたら嬉しいな」
「弥生君って呼んでってことかな?」
「う、うん!それか君をとって弥生、とか」
ぽりぽりと頬を掻きながら遠慮がちにこちらを見てくる沙原。
-今の沙原を見ればあの4人も赤面するんだろうな。あぁ、馬鹿馬鹿しい。
「うん、わかった...って、言いたいところなんだけど、ごめん。俺、基本的に人の呼称は名字なんだ」
「...そう、なんだ」
瞬間、沙原は残念そうに眉を下げ声のトーンを落とした。しかし、すぐに紛らわすかのように“それならしょうがないね”と明るく笑う。
分かりやすい反応に俺は心の中でほくそ笑んだ。
「でも、これから一緒に過ごしていって仲が深まったら...そうしたら“弥生”って呼ばせてほしいな」
ポン、と沙原の肩に手をおき視線を合わせる。
「...ぁ、もちろんだよ!」
沙原はまるで花でも咲いたかのような満面の笑顔を作った。それはもう、嬉しそうに。
「それじゃあ、買出しに行こうか」
「うん!」
俺の偽りの姿に一喜一憂する沙原が愉快でしょうがなかった。
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