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第71話
「はっ、あいつに下剋上なんて無理だな」
後ろから聞こえるバイブ音や綾西のくぐもった声に振り返ることもなく俺は居間の扉を閉め、玄関へと向かった。
今の綾西は俺が飲ませた媚薬の効果によって、痛みに震えながらもわずかに快感を感じ取っているのか時折気持ちよさそうに眉をひそめていた。
あの分じゃ、あと少ししたらもっと媚薬が体に回って痛みよりも快感が勝るようになるだろう。
しかも多分その二重の苦しみから逃げられるのは媚薬の効果が身体から抜けきってからだ。
それじゃないと身体に力が入らず、デイルドを自分で取り出すこともできない。
...なぜそれを俺がわかるのか。それは...
ドサリ、と壁づたいに崩れ落ちていく身体。そう、自分自身であの媚薬の効果を体感しているからこそ、分かるのだ。
綾西の前では精神力だけで保ったようなものだった。
自分自身、媚薬が効きにくいのは嫌なことに叶江によって分からされていた。叶江と関係を強要されていたときに何度か使われたのだ。
まぁ、そのおかげで今回はなんとかすることができたのだが...
それでも少しの刺激で快感を感じ取ってしまう今の身体で綾西をどうにかするのはひどく困難だった。
それは時間が立つごとに酷さが増し、これ以上は平常ではいられないという限界にきたとき、俺は部屋を出た。
綾西は俺には媚薬があまり効いていないと思っているだろう。この...今の俺の状態を目にしていないから。
こうなることが分かっていて少量しか飲んでいなかったのだが、それさえもすぐに吐き出してしまった方が良かったのかもしれない。
ここまで効果があるものだとは思わなかった。
きっと媚薬は叶江から買ったものに違いない。じゃなきゃここまで効果のある“本物”の媚薬を綾西がもっているはずがない。
―だけどまぁ、綾西をさらに追いつめるための道具を手に入れることができた。これは重要なものとしてこれから使える。
俺は小型のカメラがズボンのポケットに入っているのを一度確かめるようにして触る。
これは綾西がもっていたものだ。あいつはこれを使って俺の弱みを握ろうとしていたらしいが、そう易々とやられるつもりはなかった。
馬鹿な綾西。分かりやすくて、扱いやすい男。――叶江とは大違いだ。
あの何を考えているのかよくわからない男。先手をとろうとしても逆にいつも取られてしまい先に回られる。
恵 叶江は一番憎い男だが、一番読めない奴だ。
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