82 / 140

第82話

 「和史、愛都君、さっきから何話してるの?」  ちょうど香月との話が終わったところで沙原の声が向けられた。  それに対し香月は怪しげに笑うだけで何か答えることはしなかった。  「たいしたことじゃないよ」  そして俺も特に何も答えることはなく、有無を言わせぬ笑みを返すだけだった。  実際今の沙原には話す必要もない内容だし。  「弥生、それよりも僕の話を聞いてよ。昨日さ、すごい面白いことがあって――」  俺と香月の返答に不満気な沙原だったが、すぐに永妻が興味を引きとめこの話を流すことができた。  ―永妻の嫉妬もたまには役に立つものだな。  沙原の視線から逃れた俺は小さく鼻で笑った。  「それじゃあ、俺は先に席を外させてもらうね。昼休みはちょっと用事が入っているんだ」  「え、愛都君もう行っちゃうの?まだ全然話してないのに...」  「ごめんね。続きは放課後寮に帰ってからにでもゆっくり話そう?」  「うん...」  眉をへの字に下げ、こんなことくらいで残念そうな顔をする沙原を見て、笑いが込み上げてくるがなんとかそれを堪えて表情を引き締めた。  後数時間経てば同室なのだから嫌でも2人きりになるのに。  席を立ち3人に背を向けた俺は下を向き嘲笑した。  さまざまな思いを込めた3人の視線に見送られながら食堂を出て廊下を歩くが、まだ昼休みになってあまり時間が経っていないせいか人気が少なかった。  多分、他の生徒たちはまだ食堂か教室内などで昼食をとっているのだろう。  静かな廊下の空気はとても居心地が良かった。 しかし昨日の香月との行為のせいで身体の節々が痛み、歩けば僅かに表情が歪んだ。  今からでもすぐに寮に帰って痛む体を休めたい。だが早退なんかすれば沙原からのお節介な配慮などで後が面倒くさそうだ。  ―あー、ダルい。午後の授業も全部寝よう。  「だからさ、あいつがしつこくて――うわっ!」  「...っ!」  疲れも溜まり、気を抜いて歩いていると急に空き教室の扉が目の前でガラリと開き、男子生徒が現れた。体のだるさからか上手く避けることができなかった愛都はそいつと思い切りぶつかってしまった。  その男自体も誰かと話していて俺の存在には全く気がつかずにぶつかってしまったようだった。  「あははっ。おい、大丈夫かよ?」   するとその男の話し相手であったのだろう別の男子生徒が笑いながら近づいてきた。   ―なんでこう、イラつくことって続くものなのかな...  変に絡まれるのが嫌だったため、誰が悪いとか関係なくさっさと謝って去ってしまおう、と2人の方を見た瞬間、後ろから来た方の男がガシリと俺の腕を掴んできた。  「あれー、君、転校生の千麻 愛都君じゃん!こんなところで会うなんてねぇ」  「え、お前が千麻?うわっ、俺ついてる~!」  どちらも制服を着崩し、髪は茶髪でチャラついた容姿をしている。  見た目もそうなら中身もやはり軽いものだな、と頭の隅で考えてしまった。  校章の横のバッチを見る限り、同じ学年のようだった。  「そうだよ。同い年のようだし、これからよろしくね?さっきはぶつかってしまって悪かった。それじゃあ俺はちょっと用事があるから...」  「えー、行かせないよ?...俺達いま暇してたんだ。だからこれから、じゃなくて今よろしくしようよ?」  グイ、と掴まれていた手を引っ張られ男たちが出てきた空き教室へと連れ込まれる。  一瞬の出来事で反応しきれずに呆気なく俺は中へと入ってしまった。  「いつもは可愛い子ばっかだけどお前みたいなのを啼かせるのも楽しそうだよな」  睨む俺を見て2人は愉快そうに笑んだ。

ともだちにシェアしよう!