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戻ってきたもの

国語のノートを貸した。隣の奴が休みだからと、わざわざ最前列の俺の席まで来て頼んできたから。 彼はよく知られた不良だ。立ち入り禁止のドアから校舎の屋根に登ったり、まともに授業に出ず保健室でたむろしていたり、タバコは兄貴の物だと言い張ったりして、先生に怒られ追いかけられる光景は学校の名物だった。 そんな彼からの頼みだから、やはりノートが返ってくることはなかった。分かっていて貸したのは、そのノートがもう要らなかったから。その件で言いたい事でもあるのか、何度か目が合ったけど、それでも返ってこなかった。 立花星(たちばな せい)。やけに綺麗なその名前も印象的だった。 「降白? 降白鳴日(ふるしろ なるひ)? 俺のこと覚えてるか? 立花星。高校同じだったろ。お前の連絡先、知ってる奴に教えてもらったんだ。ビックリしたか」 ああ、ビックリした。 その声はよく弾んで明るいのに、すんなり耳を通って落ち着く低音だった。あまりに唐突で、記憶の棚から探し出すのに数秒掛かった。俺の返事を待たず、彼は本題を話し出した。 「俺さ、北海道に引っ越したんだよ。そん時の荷物整理で、お前から借りてたノート出てきてさ。返すから住所教えてくれ、送るから」 「……いや、捨てていいよ……」 突拍子もない地域にいるらしい彼が、突拍子もないことで連絡を寄こしてくるなんて夢にも思わなかった。 こちらは九州だ。要らないノートだけ送るなんて金の無駄だろう。今更律義なことをされてもありがた迷惑だ。割と冷たく断ったんだが、異様な押しに負けて住所を教えてしまった。高校を卒業して十年経つのに、自由奔放な性格は相変わらずのようだ。 「そういえば、そっち雪降ったってマジ?」 「……少しだけ」 「こっちすげぇよ、めっちゃ積もるんだよ。雪かきが重労働ってこと理解できるわ。あとさ、こっち湿気ないわ! 感動した!」 他愛のない世間話を聞かされた。こちらの応答は「うん」か「いや」だけなのにコロコロ会話が転がっていく。段々と勢いが落ちてきた頃、もしかしたら彼はホームシックにでもなっているんだろうかと気づいた。 「まぁ、とにかく、荷物行くから。……じゃあな」 歯切れの悪い声を最後に通話は切れた。 数日後、荷物が届いた。ノートだけ入っているはずの入れ物はキャリーケースだ。あと、戻ってきたのはそれだけではなかった。 「三日くらいこっち居るから、泊めて?」 閉められないようにかドアを押さえ壁に手をついて、悪戯に笑って言った。自分の見開く瞼から目玉が落ちるかと思った。

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