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立花星
「三十秒」
呟かれて、息が耳にかかってこそばゆい。
「人って三十秒間ハグしたら、少しストレス解消になるんだってさ。……俺、色々あって疲れてんだわ。だから三十秒、こうさせて」
それは行為の理由付けか。拒否しようにも聞かなそうな腕の力だ。けれど俺もされるがままで、未だどうすべきか判断できない自分に腹が立ってくる。
別にこうされたかった訳じゃない。実際されても心が慌てふためいているだけだ。微かに震える背中をさすられて、また一つ抱擁される。顔が熱い。何秒経った。
さらに抱き寄せられる。体が向き合い密着度が増す。先ほどの引く様子もなく、首元に顔をうずめてくる。俺はもたれ掛からないように必死に硬直し続けた。
また身動いだと思うと、やっと離れてくれた。内心かなり大きなため息を吐く。恐る恐る見ると、満足げに微笑っていて驚いた。親指に、目尻を撫でられた。
「……俺、お前が好きなんだな」
「――なぁ、国語のノート貸して」
有名な不良に声をかけられた。金ではなく勉強道具を貸してなど、不良らしくないなと思いながら机から出して手渡した。
渡す時、指先同士が触れた。その感覚に引っ掛かりを覚えて、気が付くともう居なかった。後方の自分の席へ行く背中を、何故だかじっと見つめた。
用もなく保健室に集われるのは、お喋りが頭に響いて気分は良くなかった。でも、目が合うと彼は黙って、仲間にも黙るように言ったのを聞いて、落ち着いて目を閉じることができた。
立花星。
ムスッとして周りを威圧し時に陽気で自由。今もそんな雰囲気をもつ男のくせに、一筆一筆を辿ってしまうほど綺麗な名前。
きっとそのせいなんだ。俺が目を離せなかったのは。
穏やかに笑う顔をすり寄せられて、自分の熱が増す一方なのも、もう押し離すことができないのも、そのせいだ。あんたのせいだ。
「まだ俺のこと好きか?」
「……いや……」
「じゃあ、もう一回好きになって」
戸惑いに脈アリと確信されている。それがすごく癪 だ。不機嫌に顔を逸らすと笑われた。
彼がベランダへ出た。開けられた窓から冷たい風が流れ込んできて寒い。でも澄んだ空気を吸って、少しだけ気分が良くなった。故郷の景色を眺めている背中は確かにそこに居て、振り向けば微笑う。
「今度はお前がうちに来いよ。かまくら作って招待してやる。……そんでさ、また三十秒のハグしよう」
そんなに、そんな風に微笑う奴だとは思わなかった。背を向けられても見つめてしまう。
「……雪が、降らなかったら……」
彼が言った。
「こっちでは降ってもすぐ解けるけど、向こうじゃ何度も降って何度も積もるんだ。きっと今も降ってて、雪かきも出来ないから積もりっぱなしだろう」
想いは解けて消えても、また降り積もる。そんな意味深な言い回しかと思ったが自意識過剰だった。単なる雪かきの愚痴だった。
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