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第1話

 有名な芸術家のオヤジが「人は二度死ぬ」と言った。  一度目は実際に死ぬとき。二度目は忘れられたとき。  この言葉を聞いたのは、確か、小学生の頃。  正直、ピンとこなかった。  だって、身近で死んだ人もいなければ、忘れられるようなこともなかったから。  その頃の俺、佐倉 真咲(サクラ マサキ)は、そもそも、人との別れを経験したことがなかった。  今、その言葉を10年ぶりに思い出している。  あの時は気付かなかったけど、なんという、奥深い言葉だろう?  この世の真理が全て詰め込まれていると言っても過言じゃない。  なんてことを考えているのは、5年ぶりに帰ってきたからだ。  なぜか、ワンコになって。 「ワンっ!」      ◇ ◆ ◇ 「好きだ。ずっと、お前のことが好きだった」  その日、親友で唯一の男友達の島本 彰(シマモト アキ)に告白された。  彰とは、中高の6年間、同じバスケ部で過ごした。  欲しいタイミングでアシストしてくれて、パスを出したい時には、絶妙のスペースにいる。  フェイント、ドリブル、パス。  目で確認しなくても、ヤツの動きや居場所は感覚で把握できた。  彰の考えていることは、全てわかった。  俺たちは、誰もが認める無敵のコンビだった。  ……と思っていたのは、どうやら、錯覚だったらしい。    高校の卒業式後。体育館の裏での突然の言葉に、頭が真っ白になった。  すぐに、激しい怒りが、腹の底からグツグツと込み上げてくる。  なんだよ、それ?  俺たちのこの関係は、友情じゃなかったのかよ?  お前まで、俺をそんな目で見ていたのか?  自分で言うのもおこがましいけど、昔から、何故か男にモテまくった。  大袈裟じゃなくて。  俺には、男友達がいない。  なぜなら、みんな俺に惚れるから。  先輩、後輩、友達。  少しでも親しくなると告られた。  それも、マジ告白。    全然、知らないヤツからなら、諦めることもできる。  ま、正直、理解できないけど。  でも、友人は違う。  今まで、友達だと思っていたヤツに性の対象と見られていたとわかったときのショックは半端ない。    想像してみ?    自分が友情だと信じていたものは、実はそうじゃなくて、違う感情に裏打ちされていたものだったんだよ?  まさしく、友情の一方通行。  尊い友情が、不埒な欲望に変化する。  告白なんてされてしまったら、もう、二度と今までの関係に戻ることができない。  これは、すごい裏切り行為だ。  俺は、友人(と思っていたヤツ)に告白されるたびに傷き、失った友情に泣いた。  もう、トラウマレベル。  わざわざ、告白をしてくる神経が信じられない。    そんな俺の事をもっとも近くでみていたのが彰。  彰だけが例外だった。  俺に惚れることなく、6年間友情を育ててきた。  彰がいるから、耐えられた。かけがえのない親友……のまさかの告白。  怒髪天を衝く? はらわたが煮えくり返る? 激昂する?  とにかく、ものすごい怒りにブチギレた。 「なんで、お前までそんなことを言うんだよっ! お前の顔なんか、二度と見たくないっ!」 「……ごめん」  彰は、俯いて、デカい体をこれ以上ないってほど小さく丸めた。  いつも、ガハハと大口を開けて笑ってる顔が、子供が怒られるのを恐れているような、今まで見たことがない頼りない表情を浮かべている。  ズキンと胸が締め付けられる。  なんだよ? そんな顔をしても絶対に許さないから。  俺は、怒ってるんだっ! 泣きたいのは、こっちの方だ。  大切な大切な、本当にかけがえのない親友だと思っていたのに、平気で踏みにじりやがって……。  なのに、そんな顔をされると、こっちが悪いことをしちゃったみたいじゃないか。  悪いのは、お前の方だろ?  俺は、萎える心を奮い立たせるために、制服のズボンをぎゅっと握りしめた。  そうしていないと、もう、いいよって許してしまいそうだったから。 「最後にどうしても佐倉に気持ちを伝えたかったんだ……もう、お前の前には姿をあらわさないようにするから許して欲しい」  そういうと、俺の顔をみることもなく、彰は走り去った。  宣言通り、その晩に行われたバスケ部の追いコンにも、クラスの打ち上げにも一切、彰は姿を見せることはなかった。  お前は、それでいいのかよ?  このまま二度と会わなくても平気なのかよ?  簡単に俺たちの6年間を無かった事にするのか?  俺の事を切るのかよ……  自分が言った言葉を棚に上げているのはわかっていたけど、あっさりと引き下がる彰に猛烈に腹が立っていた。  といって、男同士で付き合うなんて俺には考えられない。  彰に自分から連絡して、頭を下げて、今まで通りつきあってくれっていうのも違う気がする。  そもそも、俺に恋愛感情をもっているあいつと今まで通り親友でいることができるのか?  堂々巡り。  自分がどうしたいのか、どうすべきか全然わからない。 「あー、考えるの、やめやめっ!」  俺は、ベッドから起き上がると、彰の家に向かった。  とにかく、あいつの家に行く。  どうするかは、考えてない。  でも、このままだったら、確実に縁が切れてしまう。  あいつと関係が切れてしまうのは、絶対に嫌だ。  二度と会えないなんて、耐えられない。 「うわっ」  目の前を小さな子供が横切った。  ボールを追いかけて、公園から道路へ一直線。  目の前には、大型トラック。 「危ないっ!」  無意識に体が動いた。  人助けなんて、そんなキャラじゃないのに。  最後に見たのは、ギラギラとドギツイ光を放っているデコトラのバンパーだった。      ◇ ◆ ◇ 「もーし、もし? いつまで寝とんじゃ、ワレ?」 「ひぃー」  すごい、ガラの悪い関西弁に起こされる。  目の前には、透き通るような白い肌の美少女。  え? ひょっとして、この虫も殺さないような白皙の美少女がさっきの言葉を? 「何、見とんじゃ? あんたが予定にないことをしたせいで、えらいことになってしもーたわ」 「はい?」 「あんた、ホントは死ぬ予定じゃなかってん。あのガキんちょを助けるなんて、全く予定になかったのに、余計なことをしおってっ! ドアホっ! おかげで、しょーもないことになってしもうたやんけっ」 「す、すみません」  よくわからないけど、すごく怒ってる。   関西弁が、怖い。  この人、何者?   ここは、どこ?  そして、俺は一体、どうなっちゃったの?  この少女の言葉から察すると、あの子供を助けてしまったせいで、死んでしまったってことなのだろうか? 「まっ、しゃーないし、生き返らせてあげるわ」 「あ、ありがとうございます。お手数をおかけします」    えっと、よく考えると、間違えられた被害者は俺だよね?  本来なら、謝罪してもらってもいい気がするんだけど。  と、思いつつ、怖い言葉で捲し立てる美少女の気迫に負けて、敬語を使いながら頭を下げる。  あー、気弱な俺。 「てゆーても、あんたの体はもう、無いから、新しい体をあげるわ」 「はい? 言っている意味が、ちょっと理解できないような気がするのですが……」  今、体がないって、言った?  言ったよね?   マジで? 火葬されちゃったってこと? すごく早くない? 「あ、そうそう、言っとくけど、事故から5年経ってるし」 「ええっ?」 「棚卸し作業中やねんけど、5年前の帳簿を見てミスに気付いて、あんたの魂を目覚めさせてん。さすがに、5年も経ってるし、体はないよなっ! あははっ」  あははって……。  俺、どうなっちゃうのだろう?  もう、この際、生き返らなくてもいい気がするのだけど。  てか、不安しかない。  ヤバい気がするし、このまま眠らせてくれっ! 生き返りたくない! 「ほな、新しい体で頑張りーやっ!」 「ちょっ、ちょっと……ひぇー」  というわけで、俺は、天界?から5年ぶりに現世に戻されることになった。  もふもふのワンコになって。  さて、ここにいても仕方がない。  あの時に行くことのできなかったところに行ってみるか。    そう、彰のところに。

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