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第2話

 ワンコ最高っ!  俺は、興奮していた。  何の変哲も無いアスファルトの道。  なのに、そこは情報の宝庫だ。  嗅ぐだけで、色んな情報が入ってくる。  道を歩いているだけなのに、ものすごく楽しい。  中高の6年間、何度も歩いた彰の家に続く道。  かつて、この道をこんなに興奮して歩いたことがあっただろうか?  俺は、電柱毎に立ち止まって、自分の臭いをつけていく。  ここは、今日から俺の縄張りだぜ。イエイー!  ワッサ、ワッサと何かが尻で揺れている。  足取りも軽い。  どこまでも、走れる。  散歩を楽しんでいると、あっという間に、彰の家に着いた。  さて、どうしよう。  どうやって、彰を呼び出すか……。  彰の家の前で悩んでいると、彰の母親が帰ってきた。  じっと、俺の事を見つめる。  ん? このワンコが俺って、バレた?  と思ったのもつかの間、急に抱き付かれた。  顔を押し付けられる。  げげっ、キスされるっ!  慌てて、顔を背ける。 「きゃー、なんて可愛いワンコなの! どこの子? 首輪をしていないから野良なのかしら? うちの子になる? ううん、可愛い!」  ご近所さんも、集まってきた。 「見かけたことないねぇ。こんなに可愛い子なら、一回見たら覚えてるものね。本当に可愛いわ。うちの家で飼ってあげるわ」 「いやいや、我が家で」 「まって、うちの家も忘れないで」  あっと言う間に、人だかりができてしまった。  みんなで、争うように俺を奪い合っている。  そのうち、誰かがジャンケンで決めようと言い出した。  男に対してしか働かなかった、モテモテスキルが、おばさまたちに発動。  ヤバい、このままだと知らない家の子になってしまう……。  俺は、見つからないように姿勢を低くすると、コソコソと逃げ出した。    随分遠くまで来てしまった。  土手の上をとぼとぼ歩く。  人とすれ違うたびに、頭を撫でられ、連れて行かれそうになる。  誰もいないところを探していたら、こんなところまで来てしまった。  疲れた。  俺は、ただ彰に会いたかっただけなのに。  草むらに寝転ぶ。  もう、夜だった。  月明りが、周りを照らす。  今日は、ここで野宿だ。  よく考えたら、5年経っている。  あいつは、大学を卒業して、就職しているはずだ。  実家にいるとは限らない。  家を出て、1人暮らしをしているかもしれない。  クーン、クーンと悲し気な鳴き声が俺から洩れる。  そこに、懐かしい足音が響いた。  そして、匂い。  耳をピンと伸ばし、鼻をヒクつかせる。  間違いない。  彰だ。    ワッサ、ワッサ、尻の先のものが振り切れんばかりに揺れる。  俺は、夢中で駆け寄り、その足にしがみついた。 「わっ! 何? 犬?」  伸ばされた腕に飛び乗る。  彰は、俺を抱きかかえて顔を覗き込んだ。 「どうしたの? 人懐っこいな。 お前、飼い主いないの?」  顔中をくしゃりと崩して笑った。  俺の好きな笑顔。こいつの笑った顔、ものすごく好きだったんだよな。  思わず、頬をぺろりと舐めてしまう。  わ、何やってんの、俺……。  この俺としたことが、会えた嬉しさで、我を失っていた。  慌てて、ツーンと顔を背けて、平静を装う。  今のは違うんだからね。つい、犬の本能に引きずられたせいだからっ! 「え? 急に塩対応? てか、ツンデレ?」  彰は、俺の尻を見た。  ツンツンと冷たい表情とは裏腹に、そこにはブンブンと振り切れそうに揺れている尻尾。 「うちに来る? ちょうどペット同居可のマンションだ」  お前がそこまで言うなら、一緒に住んでやってもいいぞ。  俺は返事の代わりに、もう一度、頬を舐めた。  正直いうと、彰の顔中をベロベロ舐めまわしたくて仕方がなかった。  必死で、我慢してた。  これは、その……犬の本能ってヤツだ。きっと、そうに違いない。   「お前って、あいつに似てる……決めた! 今日から、お前の名前は桜だ」  仕事帰りなのだろう。  スーツ姿の彰は、大人の男の色香が漂い、かっこよくなっていた。  こうして、桜って名前になった俺は、彰と一緒に暮らすことになった。

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