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22,裏門
翌朝――。
(それにしても、あの時の羽田さんの相手がプロデューサーだったなんてな……)
ショックを引きずったままマネージャーの車に揺られていると、車窓からそのプロデューサーらしき姿を目撃する。
「……プロデューサー?」
「そういや今日は本打ちがあるんだっけ」
俺のひとり言に、運転席のマネージャーが答えた。
普段プロデューサーはあまり撮影所に顔を出さない。けれど本打ち、つまり脚本についての打ち合わせがあれば、それには参加する。
電車で来たのか、彼は撮影所に続く道の歩道を足早に進んでいた。
(あの人が羽田さんと……)
ひざの上に置いていた手に力が入る。
と、それまで歩いていたプロデューサーが唐突に駆けだした。
何かと思えば道の少し先に、羽田さんの姿がある。
振り向いた羽田さんの肩をプロデューサーが抱き、笑いながら耳元で何かささやいた。
(あっ……)
車の揺れと連動するようにして、胃の中にぞわぞわとした不快感がたまっていく。
これまでにも撮影所で、こんな光景を見たことがある気がした。それなのに俺は見過ごしていた。羽田さんは人懐っこくて、誰とでも距離が近い。だから変に思わなかった。
けれども2人の関係を知った上で見ていると、羽田さんは相手から距離を取ろうとしているようにみえる。そんな彼に対しプロデューサーが強引だった。
信号が変わり赤信号で停まっていた2人が歩きだしても、プロデューサーの腕は羽田さんの肩から離れない。
羽田さんが助けを求めるように一瞬、後ろを振り返った。俺は反射的にシートベルトを外す。
「停めて!」
マネージャーに言って、助手席側のドアハンドルに手をかけた。
「ええっ、何? もう撮影所に着くけど!」
「いいから早く!」
俺たちの乗った車が横断歩道を歩く彼らを追い越した。そしてようやく路肩に停まる。
俺はすぐに車を降り、2人に向かって駆けていった。
「あれ、一月?」
羽田さんが俺に気づいて足を止めた。一緒にプロデューサーも立ち止まる。
「ああ、おはよう一月くん」
プロデューサーの腕は、未だに羽田さんの肩から離れない。
俺は走っていった勢いで、タックルするようにして2人の間へ割り込んだ。
「おっと!」
羽田さんがとっさに俺を受け止め、避けようとしたプロデューサーの方がガードレールに脚をぶつけた。
「……つうっ! 何だいったい!」
「すみません」
「すみません、って! その目はなんなんだ!」
口では謝りつつも睨みつけると、激高したプロデューサーに胸倉をつかまれた。
「あーっ、待って!」
羽田さんが慌てて俺たちを引き離そうとする。
「一月、謝るならちゃんと謝れって!」
「嫌だ!」
「はあ?」
「羽田さんが、嫌がってるように見えたから!」
「……っ!」
羽田さんの顔色が変わった。その顔は、ようやく俺の怒りの原因が分かったみたいだ。
「今のは全然なんでもねーよ……」
彼は気まずそうに取り繕う。
「あなたがよくても俺が納得しない!」
俺はプロデューサーに向き直り、彼の胸倉をつかみ返した。
「この人の嫌がることをしたら、俺が許しませんから!」
「嫌がる?」
「ああ、今嫌がってただろ!」
「2人とも、いい大人がこんなところで!」
羽田さんが俺たちを引き剥 がし、そのまま俺の手首をつかんだ。
「一月ちょっと来い!」
「ええっ!?」
「いいから!」
羽田さんは俺の手首をつかんだまま、ぐんぐんと歩きだす。
引っ張られながら後ろを見ると、プロデューサーがコートのすそを払いながらこっちを睨んでいた。
*
羽田さんに連れていかれた先は、表通りから1本裏へ入ったところにある撮影所の裏門だった。裏門には普段から警備員は配置されておらず、電子錠があるだけだ。
羽田さんが関係者パスを使って解錠する。
「お前なあ、あれはマズいだろ……」
門をくぐったところで塀の内側に背中を押しつけられた。
正面から俺を見つめ、羽田さんが大きなため息をつく。
「こんな朝っぱらだし、誰も見てなかったと思うけど……やっぱああいうのはマズい」
俳優としてイメージ的によくない。主演の俺が馬鹿なことをすれば、ユーマニオン・ネクストという作品にも傷が付く。前提として暴力は許されない――羽田さんの言いたいことはそんなところだろう。
けど……。
「だったら、どうすればよかったんですか!」
いつまでも俺の手首をつかんでいる彼の腕を振り払う。
「羽田さん、昨日は断れずに仕方なくって言ってたじゃないですか。そういう話を聞かされて、ああいう場面を見過ごせるわけがない!」
「それは……、俺を守ろうとしてくれてるわけ?」
羽田さんは引きつった笑顔で俺を見つめ、ため息と共に視線を外した。
「悪いけど余計なお世話。俺とあの人との問題だ」
「……!」
初めて見た顔だった。俺はこの人のプライドを傷つけてしまったらしい。
誰よりも男らしくかっこいいこの人は、自分が守られるべき存在だなんてみじんも思っていないんだろう。プロデューサーとのことだって、適当に相手をいなして仕事さえ得られればと考えている。
でもそんなのは、自分を騙 す強がりだ。本当に平気なら、俺に〝余計なお世話〟を焼かれてこんなふうに傷ついた顔をするはずがない。
俺は息を整え、羽田さんに語りかけた。
「それ、本気じゃないですよね?」
外されたままの彼の視線がわずかに揺れる。
「俺は嫌だ。あなたが自分から触れたいと思う相手以外には、あなたに触れてほしくない」
「……っ、一月。なんだよそれ」
羽田さんが眉をひそめ、聞き分けの悪い子供にするように俺を睨んでみせた。
けど俺は、それで黙るほど子供じゃない。
「分かりませんか。ヒーローは心身共に健全であるべきだと思うんです。だからあなたが我慢しているのは嫌だ。俺は俺のヒーロー像を守るためならなんだってする」
「……それ、俺に注文してんの?」
睨んでいた顔が、苦笑いに変わる。
「お前はいろいろと注文が多すぎる」
「そうですね。でも羽田さんは俺のレッドだから仕方ない」
そこでふいに、彼の手が俺の頬に触れてきた。
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