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若のお世話係2

「若が遅い」 現在十七歳に成長した若は、私立海晴高校(しりつかいせいこうこう)に通っている。そして送り迎えは、勿論俺の仕事だ。 しかし。いつものこの時間には、若は靴を履き終え。校門から出て来ているはずなのだが。今日は一向に若のお姿が見えない。 「ということは……またか」 若の帰りが遅い理由になんとなく察しがついていた俺は、若が居るであろう場所へと出向かうべく。校門を潜り抜け、校舎裏へと入り込んだ。 この学校の校舎裏には、何百年と生きている一本の大きな木が立っているらしく。そこで告白をした者は、必ず恋が芽生えるという言い伝えがあるらしい。なんとも漫画みたいな話だ。 そんな信憑性もない。餓鬼共が作り出したメルヘンチックな場所に、若はだいたい多くて一か月に一回は呼び出されるのだ。 「はぁ……。やっぱりか」 大きな木の下には、日に照らされて出来た二つの影。 強い風に吹かれて葉が騒めき、いつしか二人だけの世界を作っていく。 「それで?話ってなにかな?」 「えっと、その……」 バレないようにギリギリまで近づいて、こっそりと背後に忍び寄ると、顔を赤らめながら挙動不審に目線をキョロキョロと逸らしている短髪の男が見えた。そして、そんな男を猫の様な目でジッと見つめておられるのが、俺達東田組の天使。若だ。 ジリジリと焼き付けるような暑さにも関わらず、汗一つかいていない若の肌は、相変わらず白くてきめ細やかで美しい。 首元まで伸びた艶々の真っ黒な髪が、葉の隙間から零れる太陽の光に照らされて、キラキラと輝いておられる。 「成長していくにつれて、どんどん美しくなっていくなぁ若は……」 四歳だった頃はあんなに可愛かったのに、今はその辺の女よりも美人で可憐だ。流石は組長の息子。東田組の自慢です。 「まぁ、でも……」 「東田春華さん!!俺と付き合ってください!!」 「ごめんね無理。僕、君には全然興味ないから。じゃあね」 中身だけは、昔から全然変わらないけどな。 我が儘で頑固で、自分の気持ちに正直。だからこれまで若に告白した奴等は全員。興味が無ければキッパリバッサリとフラれている。 「はっ。相変わらずだな。若は」 一体これで何人目なのだろうか。 若が美しいのは分かるが、極道の息子にもかかわらず。男も女も若に惹かれている。 若が学校で怖がられていないというのは嬉しい限りだが。逆に好かれ過ぎというのも不安だ。 もしもその中に、若の外見しかみてねぇクソ野郎とか、金目的しか考えてねぇ女とかがいたらたまったもんじゃねぇ。 もしかすると、敵対している他の組の回しもんが交じってるとも限らねぇ。そうなれば、若の身に危害が及ぶ。 まぁ今のところ、誰の告白にも答えたことが無い若だから、大丈夫だとは思うが……。 「だいたいカタギの分際で、若と付き合いたいとか百年はえぇんだ」 今はまだ若も高校生だが。いつか誰かを好きになって、誰かと付き合って、ソイツと一生を遂げる日がきっとくる。 だがそれでも俺は、命のかえても若を守れるような奴か。命を若に捧げれるような奴じゃないと、俺は絶対認めねぇ。 だからそれまでは、この俺がーー。 「待って春華さん!!もう一度よく考えてほしいんだ!!」 「いや、考えた結果がこれだから」 「そんな!!俺はずっと君を見てきたんだ!!だからっ!!」 「オイ。しつけぇぞクソ餓鬼。コンクリートに埋められてぇか?あぁ?」 「ヒッ!!」 「……秋虎」 「お迎えにあがりました!若」 若のお世話係のこの俺が、命にかえても守り続ける。 「随分しつこい野郎ですね。どうします?海に沈めますか?」 「ぁっ、あぁ……そんな、お、おれ」 「はぁ~~……余計なことしないで」 「しかし」 「というか、いつも言ってるよね?わざわざここまで来なくていいって」 「しかし俺が来なければ、若の帰りが遅くなってしまうところでしたよ?……そこの餓鬼のせいで」 「ひひっ!!す、すみま、せん!」 先ほどまで恋に満ち溢れたあの顔は何処に行ったのか。真っ赤だった顔は青ざめ、ドキドキで緊張していた震えは、今はただの恐怖に変わっている。 ま。どっからどう見ても悪人顔にしか見えない俺から睨まれれば、誰だってこうなるのは当然だがな。 「はぁ~……秋虎」 「しかし若。このくらいしねぇと、また若に付きまといますよコイツ」 「それは僕と彼との問題だろ。秋虎は関係ない」 「なに言ってるんですか!!関係大ありですよ!!若は俺の息子同然なんです。男なら俺より強く、女なら姉さんより美人じゃないと俺は許しませんからね!!」 俺の言葉に、若の空気がピリッと張り詰めたように凍り付いた。 「息子同然……ね」 この空気は、相当お怒りだ。 「わ、若」 「秋虎」 「は、はい!」 若の視線が、ナイフで刺された時のように痛い。 なるべく若を怒らせないようにいつも気を付けているのだが、たまにどうして怒っているのか分からないことがある。今がまさにそれだ。 酷い時は機嫌が直るまで無視される。それだけは本当に困る。だって、若の透き通るような美しいお声を一時の間聴くことが出来ないからだ。 若は俺の癒し。俺の天使。そんなお方に怒られ、挙句に声も聴けないなんて精神的に死ぬ。 「わ、若!!も、申し訳ございません!!俺が若を不快な気持ちにさせてしまったんですよね……俺鈍感で、余計な事を言っても気付かないくらいで……本当に申し訳ありません!!お詫びとして指詰めます」 「……はぁ。そこまでしなくていいし。もう暑いし、僕は先に車に乗ってるから」 「え、あ、若……」 早い足取りで、若は車の方へと歩いていく。 「また……あの眼」 中学生あたりからだっただろうか。若は時々俺に対して、口にしたいが言い出せない。何かを押し殺して苦しいそうな眼を向けるようになった。 最初の頃は、学校で虐められているのではないかと心配していたが。男女問わず告白されている所を見て、それはないと分かる。 ならあの眼は一体なんなのか。もしかすると、ただの反抗期なだけだろうかとも思っていたが。どうもそれもなさそうだ。 事実父親である組長に向ける眼は、完全に「父親キモイ」「うぜぇ」という気持ちが含まれた嫌悪感の眼で、俺とは全然違う。 まぁそれでも、父親としてではなく。東田組の組長としての時は、あの若も尊敬や憧れを抱いているようだが……。父親同然として若を見守ってきた俺には、そんな眼差しすら向けられたことない。多分、俺には尊敬や憧れすらもないのだろう。 「じゃあ一体あれは、どういった感情なんだ」 一体若は、俺をどう思っているのだろうか?

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