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若のお世話係3
「とりあえず。その若に対する溺愛ぷりを一度抑えた方がいいんじゃないですかぁ?北条さん」
「遅いぞ西國」
「これでも連絡うけて、速攻で出てきたんですけどねぇ~~?」
とか言いつつ。ワインの様な赤髪をしっかりとオールバックに固めて、いつもの愛用のサングラスもかけてきている俺の側近西國冬華 に、思わず溜息をこぼす。
「なぁ西國。俺がテメェを呼んでから、何分経った?」
「えっと……四十分くらいですかね!」
「組から学校まで、歩いてきても二十分くらいなんだが?」
「あ、俺今日バイクで来ました」
「どこが連絡受けて速攻だテメェ!!」
「えぇ~~俺にとっては速攻でしたよ~?」
「次十分以上遅れたら、そのサングラス予備の分まで全部粉々にするからな」
「えぇ~~!!そんな無理ゲーにもほどがありますって」
「うるせぇ!!テメェはそこまで言わねぇとちゃんとしねぇだろうが!!」
「それは認めます」
「そこは認めるのかよ」
ニヤニヤと嘲笑うたびにチラつく西國の八重歯が、俺のイライラを落ち着かせる。
「まぁいい。とりあえず、後は頼んだぞ」
「え。まさかの俺に、フラれたばかりの男子高校生の相手をしろと?」
「いつものように若を諦めるように言いくるめればいいんだよ」
「簡単に言ってくれますねぇ。全く。後処理はいつも俺に任せるんですから、北条さんは。頼られるのは嬉しいんですけどねぇ~~」
それはお前が一番信用できるから。なんて言ったら、コイツは絶対浮かれるだろう。
もう何年も俺の隣にいる西國という男は、昔からチャラチャラした奴で、自由奔放なお気楽野郎だが。仕事だけはしっかりこなしやがるし。なにより頭が切れる。おまけに洞察力も高い。
おかげで何度も助けられてきた。汚れ仕事の方でも、世話係の方でも。
というか。アイツの洞察力が高いせいで、俺が悩んでいるとすぐに感付かれバレてしまう。今ではすっかり俺の相談相手だ。
「じゃあな。頼んだぞ西國」
「りょうかで~す。じゃあそこの坊ちゃん。俺とちょ~~とそのへんで、お喋りしましょうかぁ~」
「ひっ、い、いやぁあ!!ごめんなさい!!ごめんなさいいいーー!!」
どんどん遠くなっていく男子高校生の叫び声を無視して、俺は若が乗っている車へと急ぐ。
後部座席には、スマホを弄りながら待っている若の姿が見えた。
どうやら、少し機嫌も直っているようだ。
「すみません若、遅くなりました」
「別に。待ってないよ」
「いえ。たった数分でも、若をお一人にさせてしまった事をお許しください」
「いや、子供じゃないんだから。一人で待てるし」
「駄目です!!若のような華奢で美しい人が車にお一人でいたら、変な奴等に連れされてもおかしくありませんし。それに、高校生はまだまだ子供です」
若は極道の息子。どんな時でも慎重に行動しなければいけない。それは若自身にも分かってほしい一心で注意を促しながら、俺は運転席へ乗り込んだ。
シートベルトを付けて、走り出す前に若の顔が見えるようにミラーを傾けると。不機嫌な顔のまま、若はただただ窓の外を眺めている。
いつもなら、車を走らせているこの時間は学校であった話を色々聞かせてもらうのだが。今は何も聞かない方がよさそうだ。
「(やはり。俺が心配しすぎているのが嫌なのだろうか?)」
西國の言う通り。俺はきっと、若に溺愛しすぎている。
他の奴等にも過保護すぎると言われるし。俺自身、若に対して口煩くなっている自覚はある。
もしかすると、若はそれが嫌なのだろうか?鬱陶しいと思っているのだろうか?だからあんな眼を、俺に向けるのだろうか?
「っ……」
ハンドルを握る手が強くなる。
若には、昔のように俺を頼ってほしいし。あの頃みたいな無邪気な笑顔を向けてほしいと思う。
けれど、俺の仕事はあくまで若のお世話係。決して若に好かれるためにやっているわけじゃない。
ならこれでいい。嫌われているのなら、しょうがないと受け入れるしかない。
若に嫌われようと、憎まれようと、若を最後まで守り続ける。それが俺の仕事なのだから。
「若、着きましたよ」
「……」
車を止めて先に運転席から降りた俺は、未だ無言のままの若のシートベルトを外すため。少しかがんで身を乗り出す。
若の顔色が気になって、ふと視線だけを上げると。若の黒い髪の隙間から、少しだけ汗が滲んだ白い首筋が目に入った。
若がもっと幼い頃は、そんなところに目が行ったりはしなかったのに。今は時々、若の大人びた部分部分が気になってしまう。
まるで、甘い花に吸い寄せられる蜂にでもなってしまったかのように。
「秋虎?どうしたの?」
「え……あぁ、いや。なんでもありません」
すぐさま視線を外して、首を振って目を覚ます。
どうして見てしまうのか、自分でも分からない。成長した若が嬉しくて……とはまた違うような気がする。
だって、触れてみたいとさえ思ってしまうのだから。
「秋虎、顔が少し赤いよ」
「え!?そ、そうですか?」
俺を心配して、若が俺の顔を覗き込んでくる。
その距離は目と鼻の先。俺の唇に、若の吐息がかかるほどだ。
もしもここで俺が少しでも前に倒れれば、俺と若の唇は重なってしまうのではないか?そしたら若は、どんな反応をしてくれるだろうか……。
「(って。いやいや、何を考えているんだ俺は!!こんな天使を汚すような考え何かしやがって!!阿保か!!)」
いくら若を溺愛しているといっても、それは息子のように愛しているわけであって、決してやましい意味というわけでは……。
「ねぇ秋虎。一つ聞いても良い?今日僕が告白されてるのを見て、どう思った?」
若の唐突な質問に、心臓が鳴る。
さっきまで変な事を考えていたから余計だ。
「えっと。どう、とは」
「どんな気持ちだったかって聞いてるんだよ」
まるで、俺の心の中を見透かしている様な眼。
どう答えれば正解なんだ?俺はあの時、若が告白されている現場を見てどう思った?
正直いつもの事すぎて「またか」とは思ったが……。あぁそうだ。俺はいつも若が告白されているのを見ると、ムカムカというか。ざわざわというか。何かに対してムカついている。
「多分ですけど。きっと俺は……若に手を出すなんて百年早い!と……思っています」
「あ、そう」
あ、これは失敗した。明らかに不服そうだ。
若は一体、俺に何と言って欲しかったんだろうか……。最近は若の期待ばかり裏切ってしまう。
「はぁ……」
こういうのは苦手だからなぁ俺。
空気を読めないというか、友達と呼べる奴なんて一人くらいしかいなかったから、会話するのも下手だし。誰かの悩みなんて聞いたこともない。
だからアイツの悩みにも気づけなくて、俺はーー。
「そういえばさ、僕。秋虎に伝えないといけないことがあるんだ」
俯いたままの若から、緊張感が漂ってくる。
「な、なんでしょうか?」
嫌な予感がして、俺の鼓動が早まる。
聞きたくない。
聞けば俺にとって最悪な事が起きる。そんな気がした。
「僕、好きな人が出来たから」
「……え」
俺を通り過ぎていく若の後姿を、俺は追いかけることもせず。ただ呆然とその場で立ち尽くしていた。
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