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Ju te Veux:06-2:Ju te Veux(完)

「今、何時だ?」 「もうじき7時です。会社には行かれそうですか?」 「それは大丈夫だと思う。ここから出社できるように支度してきてるし」  湯島も昨日の行為が多少行きすぎていたと反省しているのだろう。申し訳なさそうに様子を窺ってくるのが可愛らしい。 「朝ご飯は食べられそうですか?」 「う~ん、何か、軽めの物はあるかな。体がびっくりしちゃって、ちゃんと食べれそうにないんだ」 「分かりました。ここに座っててくださいね。ああ、後、これを」  湯島は瀬川をソファに座らせると、ブランケットを掛けてくれた。大きくてフカフカで、優しい匂いのするブランケットだった。 「そんな姿を見せられたら、もう一戦したくなりますから」  その言葉にギョッとして、瀬川は目を見開いて湯島の顔を見つめた。  確かにバスローブの前を開けたままでいきなり姿を見せたりしたら、湯島が驚いても仕方ないのかもしれない。それでも……もう一戦……? 「……絶倫なのか……?」 「あなた限定でなら、多分僕は絶倫です」 「……いや、それもどうなんだよ……」  呆れたように口をへの字にする瀬川に、湯島は困ったように笑った。 「あなたに愛想を尽かされないように、ほどほどを心がけます。それから、朝食はパンとご飯ならどちらが良いですか?ご飯は冷凍しておいた物になりますが」 「ああ…、卵かけご飯、できるかな」 「分かりました。柴漬けを刻んだ物もつけますか?昆布の佃煮もありますが。後は適当にフルーツを用意しておきますね。ハムやソーセージは?」  それでも甲斐甲斐しく面倒を見ようとする湯島に苦笑する。まったく。今そんなに気を遣ってくれるなら、昨日の夜、もっと初心者に対しての気の遣いようがあったんじゃないのか? 「ありがとう。でも、そんなにしっかり食べれないから、本当に気を遣わないで良いよ」 「そうですか?じゃあ残ったら僕が食べますので、適当に見繕ってしまいますよ?少し待っててくださいね」  パタパタと湯島がカウンターキッチンの向こうに入っていき、いそいそと食事を整えてくれるのを、瀬川はひどく幸せな気持ちで見つめていた。  こうして彼に抱かれて、甘い夢の続きを見るようにして、彼を見つめている。  ああ、今日は何ていう日なんだろう。  段々、今見ている湯島が現実の湯島なのか、夢の続きなのか分からなくなってくる。これが本当のことだなんて、なんだか信じられない。だって、こんなに幸せなこと、今まで夢の中でだって、経験したことがないのだから。 「どうしました?瀬川さん。大丈夫ですか?」  時々、気遣うように湯島が声をかけてくる。   ────黄金の天使 心酔わせる果実 魅惑的なその眼差しよ     先程聞いたピアノのメロディが瀬川の心を満たしている。  俺はこの先の人生の全てを、湯島君に捧げたのだ。  そうして湯島君も、彼の全てを俺に……  そう思うと、言い知れぬ歓びが湧き上がってくる。 「瀬川さん?眠っちゃったんですか?瀬川さん?」  遠くで、湯島の声がする。瀬川は痺れるような幸せの中で、その声をぼんやりと聞いていた。  心の中には、湯島の弾くJu te Veuxが流れている。  ────そう、僕は君の瞳の中に、確かな約束を見つめている。  ────恋する君の心が、僕の愛撫を恐れずにいてくれる  ────永遠に抱き合い、同じ炎に焼かれよう  ────愛の夢の中で、僕らは互いの魂を分け合おう  ────Ju te Veux    ────君が、欲しい──── ~第二部:Ju te Veux 終~

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