6 / 34

〜久遠の疑問〜

千里を眺めていると、とても心が和らいで、穏やかでいられる。 この可愛い寝顔も、飛び出してくるもふもふな耳と尻尾も、放たれる甘い匂いも、千里のすべてが久遠の胸を高鳴らせてくれる。 どうしてこんなにも愛おしいのだろう。 あのセックス以来、起きている時はたくさん甘えてくれるようになった千里だが、相変わらず久遠が考えている事の斜め上から切り返してくる。 そこがまた好きだ。 純粋で、無垢で、それでいて媚びない。 もっともっと久遠がトロトロになってしまうような事をたくさん言ってほしいけれど、千里は恋愛脳とはまるでかけ離れた所に居たからか、まだ「好き」ともあまり言ってはくれない。 体にすり寄ってくるだけ進歩だと思っている。 「…………ん……」 「……ちー君、起きたの?」 「ん……」 どうやら図書室が今までのランチの場所の中で一番お気に召したようで、近頃はここでのお昼寝が毎日の日課である。 身動ぎする千里の耳と尻尾が消えてしまったので、眠りの世界からこちらへ戻ってきたらしい。 千里が動いた瞬間、ふわっと強く甘い香りがした。 そういえば発情期がそろそろだ。 「おはよう、ちー君。 おはようのキスは?」 「…………ん」 寝惚けながら久遠にすり寄ってくる華奢な顎を、指先で持ち上げてチュッと触れるだけのキスを落とす。 久遠からのおはようの挨拶に千里はふっと小さく微笑んだが、瞳が開いていない。 「ふふ……。 ちー君、おめめ開けて? あと十分で授業だよ」 「眠い……寝てたい……」 「発情期が近いからかな? 僕が渡した飴玉、持ってる?」 「持ってるけど……マスカット味がない。 マスカット味がいい」 「困ったな。 僕が今持ってるの、グレープ味が三つとストロベリー味しか……」 「グレープ味!」 パチッと目を開いた千里が、グレープ味を早くちょうだいと足をジタバタし始めた。 「分かったよ。 可愛いおねだりされちゃった」 「グレープ味好きっ」 「僕の事も好きでしょう? ちー君?」 「うん、マスカット味くらい」 「どういう事なの……僕は飴玉と同じ?」 千里はマスカット味の飴玉が一番好きなので、眠気覚まし用の午前中はそれを中心に渡している。 その「一番大好き」な飴玉と久遠が同じ順位なのは、果たして喜んでいいものか。 久遠は複雑な心境の中、グレープ味の飴玉を口に含んで千里の瞳を見詰めた。 つれない君が好き。 そんな事を思いながら顔を寄せていくと、甘い香りが久遠の全身を覆う。 「期待の匂いだ」 「……ん……??」 甘やかな熱を帯びた唇と舌を動かすと、ますます匂いは強くなった。 興奮し、我を忘れると、千里はこの甘美な香りを放出して久遠を存分に惑わせてくれる。 早く溶けて、と思いながら舌を動かしていたのだが、なぜかフェロモン抑制効果のある飴玉がなかなか効かない。 即効性のあるものだから、千里の眠気を増幅させてしまうかもしれないけれど、久遠の熱を冷まさせてくれるはずなのに。 「あれ……おかしいな……」 「んふっ……久遠、もっと……」 「ちー君、耳出ちゃってる」 このままキスをしているとその先もしたくなってしまうので、たまらず唇を離すと千里に両頬を取られた。 濡れた瞳を覗き込めば、先程しまわれたはずの耳が現れてピクピク揺れているし、…どうしたものか。 「だめ、ちー君……僕……したくなっちゃうよ」 「いい。 したい」 「えっ?」 千里がその気になっている。 唇を押し当てられ、たどたどしく舌を動かして久遠の舌を誘うそれが、フェロモンとは関係なく単に欲情しているだけなのだと悟った。 いつも、この香りに侵されて我を忘れてしまうのだと思っていたけれど、なるほど。 可愛い存在を前にすると、フェロモンなど無くても千里本人に惑わされてしまうという事か。 「いけない子だなぁ、ちー君は」 「んっ? 久遠……やらしい顔してる……」 「僕はちー君に恋をしてるんだった。 惹かれて当然だよね」 「……あっ……するの?」 「今日はもうサボっちゃお。 ちー君におねだりされちゃったら、我慢なんて出来ないよ」 鼻先を擦り合わせてそう言うと、尻尾まで出てきて久遠の腕に絡み付く。 もふもふした尻尾が久遠の頬に触れて、千里の瞳が潤んでいるのを見るとどうしようもなく煽られた。 千里の存在だけで久遠の熱は上がるのに、恋を自覚してからはその小さな体躯、顔付き、髪一本一本でさえも愛おしい。 「ちー君、ここで一回だけ……いい?」

ともだちにシェアしよう!